愛の嵐後編より -抜粋-



 広い屋敷の一角に特別に建てられた建物の中、色とりどりのドレスを着た女達が華を競っている。

 腹の中では何を考えているか分からない者達が笑い合っている様は佐助の目にとても滑稽に映った。

 決して目立たないよう部屋の片隅に身を寄せ、口をつけてもいないグラスを持て余し気味に揺さぶる。

 政治家が主催するパーティーや催しものに大蛇丸必ず佐助を同行させた。

 理由はいくつかある。

 大きな理由は佐助団扇の家のだからだ。

 団扇家は古くから続く旧家である。落ちぶれた田舎貴族とはいえ、未だにその土地で団扇を知らぬ者はいない。

戦後成金でどこの馬の骨かも分からない大蛇丸よりは血における信頼が厚かった。

 それが大蛇丸狙いである。

 彼が欲していたのは団扇の血。団扇の名前。

 その為に団扇を乗っ取ったのだ。

 団扇の名を継ぐ佐助を連れ歩くことで信頼を得る。「あの団扇の家の方なら」と言う言葉を耳にする度、佐助は心の中で嘲笑した。

 どんなに欲し、名を手に入れたところで血継ぐことできない。

 自分が女でない以上、団扇と大蛇丸の血を引くものを育むことは不可能である。

 だからこそ佐助に固執するのかもしれない。

 手にいれらなかった団扇の血を継ぐ者。

 佐助は小さく息を吐いて、顔を歪めた。

 人々談笑に華咲かせている。

 大蛇丸は輪に加わることなく、一歩身を引いた場所で狭い世界で満足している者達を嘲り笑っている。

 更にその後ろで佐助は嘆息していた。

(頭が痛い)

 先ほどから何人かの女が佐助の方をチラチラと見ていた。

 佐助が次期大蛇丸の後継者であると思ってのことだ。

 大蛇丸に引退する気などない。佐助を飼い殺ししているにすぎないというのに……

 ここには打算と邪な思いしかない。

 どれほど飾り立てた所で決して消えない。

 息が詰まりそうだった。

「佐助くん」

 不意に大蛇丸に呼ばれ佐助の体がピクンと跳ね上がる。

「どうしたの?顔色が悪いみたいだけど?」

「いえ、別に」

 そう答えたものの先ほどから頭の痛みが増している。

 アルコールを飲んでもいないのに酔ったかのように気分が悪い。

「別にって顔じゃないわね。鏡で見てくると良いわ」

 大蛇丸の言葉に佐助は唇を噛み締めた。

 やつに弱い所を見せたくない。だが頭痛と吐き気はどんどん増しており、ジワリと額に汗が浮かぶ。

 とにかく今はここを離れたい。

「少し席を外します」

 小声でそう呟くと大蛇丸は「仕方ないわね」と持っていたグラスを傾ける。

「風にでも当たってくれば」

 大蛇丸の言葉に佐助は顔を歪ませて頭を下げた。

 

 

 血の気のない青白い顔を洗い流す。

 鏡に映る自分はとても情けない顔をしていた。

 駆け込んだ洗面所で胃の中のものを全て吐き出すと少し胸のムカつきは収まった。

 だが依然、激しい頭の痛みが佐助を苛む。

 佐助はフウッと息をついた。 

 背広のポケットに手を突っ込み白い粒の入った容器を取り出す。

 変なクスリではない。

 ただの市販の痛み止めだ。

 以前より時々、急頭の痛みに襲われることがある。

 その為、常備薬として頭痛薬と持ち歩いていた。

 どこか悪いのだろうか?

 そう思いつつも病院に行く気にはなれない。薬を口に含み、水道の水を手ですくい上げる。

 ゴクンと飲み干すと、直ぐに効いてくるわけではないのだが、少し気持ちが楽になった。

 洗面所を出た佐助は会場へは戻らず、庭の方へ向かった。

 政治家自慢の庭には美しい薔薇が咲いている。

 闇の中で美しく咲くその花に佐助はため息を零した。

 明かりの点る建物から遠ざかるように薔薇の園を歩く。

 そういえば……と佐助は思った。

 来ると言っていたが、まだ彼の姿を見ていなかった。

 会いたくない。

 佐助は心の中でそう呟く。

 会いたくない。

 だけど心が騒ぐ。

 胸に溜まった空気を吐き出して、佐助は立ち止まると美しいが棘のあるその花にそっと手を伸ばした。

「佐助?」

 背後から名を呼ばれ佐助の手が止まる。

「こんな所で何してんだってばよ?」

 懐かしい独特の口調で問いかけられる。

 佐助は信じられない思いで振り返った。

 本館から離れへと続く渡り廊下に彼の姿が見える。彼は思わず出てしまった言葉に口元を押さえていた。その隣で鹿丸が彼肘で小突いている。

「全く、お前は」

「うるさいってばよ」

 鹿丸に横目で見られ鳴門が口を尖らせる。

「まあ、いいか。どうせ時間の問題だしな。だけど気をつけろよ」

 そんな鳴門に鹿丸は諦めたような口調でそう呟いて肩を上げた。

「じゃあな」

 ポンと鳴門の背中を叩いて促す。

「おう」

 鳴門は鹿丸に軽く手を上げて佐助の元へとやって来た。

「鳴門?」

 黒のスーツに身を包み、笑顔でやって来た彼に問いかける。

 彼は整えられた髪をクシャクシャと乱すと懐かしい笑顔を佐助に向けた。

「ただいま」

 月明かりの下で鳴門がそう言って笑う。

「ただいま、佐助」

 その言葉に胸が熱くなった。



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