金の宝冠 虚無の楽園 一部抜粋

【七】

 

 

「どうしたんだ?」

 真っ白な顔で今にも倒れそうなユウにサスケは声を掛けた。そこにいたのはユウだけではない。

イズミに更紗、セイカまでいる。

 何かあったのか?

 尋常ではないユウの様子にサスケは眉を寄せた。

 そっと近づくと懐中電灯を持つユウの手がカタカタと激しく震えている。揺れる大きな瞳。何かに怯えているように見える。

「ユウ?」

 サスケはなるべく怖がらせないよう呼びかけた。

 どうしたんだと再度尋ねる前にユウが視線を背ける。

「兄さんが……」

 つぶやくとユウは視線をさ迷わせた。闇が広がる暗い洞窟。ユウは震える手で懐中電灯で周囲を照らす。 

「呼んでる」

 そう言葉を漏らすとユウは何かに導かれるように歩き出す。サスケの横を通り抜けさらに奥へと。

「ユウ?」

 明らかに様子がおかしい。

「さっきからこうなんだ」

 ユウの後を追いかけてきたイズミがか細い声でそう告げた。

 夕食の準備をしていた時は普通だった。その後、更紗たちがやって来て……その時も別段変わったことはなかった。

おかしくなったのは……。

「更紗さんから話を聞いている時、ユウは外を見ていた」

 天魔の復活のこと、ナルトのこと。時間がないという更紗の言葉に耳を傾けていた。そんな時、ふとユウが窓の外を見ているのに

気づいた。声を掛けるとユウがビクッと体を跳ね上がらせた。

 そして―――――。

「ユウの後を追ってきた」

 本当に誰かに呼ばれているようなユウの様子。呼んでいるのが彼の兄であるとしたら……何かを知ることができるかもしれない。

 不安はあったが、更紗も一緒についてきてくれた。

 手がかりは何もない。

 このまま何もせずに待っていたって、どうしようもないのだ。

 ユウの後を追って遺跡に来たとき、不安と同じくらい期待が胸に広がった。

 そして、暗く狭い通路でサスケに会うことができた。

「本当に導かれているのかも」

 残念ながらイズミには声が聞こえない。

 巫女である更紗には同じように聞こえているのだろうか視線を向ければ彼女は苦笑いを浮かべた。

「どうやら誰かが彼に何かを伝えようとしているのは確かのようです」

 先ほどから耳の奥にキンキンと甲高い音が響くのだと更紗は言った。しかし、誰がユウに何を伝えようとしているのかまでは分からない。

 今夜は満月。

 闇に住む者たちに力を与える。

 本当に兄がイズミを呼び寄せているのか。それとも誰かが仕掛けた罠なのか。

 いずれにしせよ、今まで何の手がかりも得られなかった自分たちにようやく開けた可能性だ。潰すわけにはいかない。

「後を追うぞ」

 サスケの言葉に更紗もイズミも頷く。セイカのみが不満げに口を尖らせていたが、そこは無視することにした。

 

 

 暗いせいかもしれない。

 狭い道を歩きながら、サスケは眉を寄せた。

 遺跡の中は入り組んでいて、同じような道はいくつもある。まるで迷路のようで、大抵が行き止まりである。その道をひたすら真っ直ぐに

いけば中央の広間にでるのだが……。

 この道に覚えがないような気がした。

 もちろん遺跡の中を隈なく探したとはいえ、調査団が何十年も掛けて調査し続けている場所だ。わずかな日数で把握できたとは思えな

い。まだ知らない通路や隠し部屋などの可能性があるだろうと考えてサスケもナルトの捜索を行なっていたが……。

 通ったことがあるような気もする。だが、初めて通る路のような気がする。

 懐中電灯の明かりを頼りにただひたすら進む。

 先導するユウは全く迷いなく歩いていた。

「おい」

 呼び掛けて見るが、反応はない。

 フラフラと歩く様はまるで操られているようで、背筋が寒くなる。本当に自分たちは罠に飛び込んで行こうとしているのかもしれない。

そうであったとしても、自分たちを呼び寄せたものの正体は掴めるはずだ。そいつを倒せばいい。

 自分のすぐ後ろに視線を向ければ銀が人の姿を保ったままついてきていた。彼がナルトと同じ姿であることにイズミと更紗は疑問を抱い

ているだろう。一体誰なのか?その説明すらしていない。しかし、今はユウを追いかけることが先決と思っているのか何も聞いてはこない。イ

ズミはともかく、神具のことを知る更紗は何かしら気づいているかもしれないが……。だが、サスケとしても彼女達にどう説明したら良いもの

か迷っていた。

 神具が具現化した。単純にそれだけだろうか。 

 銀が主であるナルトの姿を借りて自分の前に現れた理由は聞いても上手くはぐらかされたままだ。

 サスケ自身、銀に聞きたいことは山ほどある。だが、それに彼が答えるかどうかは別の話。

 とにかくまずはユウの兄に会うべきだろう。

 向かう先に本当に彼がいるのならば……。

 

 刹那、ユウが足を止める。

 目の前は壁が路を塞いでいた。

「行き止まり?」

 イズミが不思議そうに声を上げた。

 光を照らすと壁に何かが描いてある。どうやら壁画のようだが、その絵には見覚えがあった。更紗のいる豊授神社の地下と遺跡の地下

を繋いでいた通路の壁に描かれていたものに似ている。

「あれは何でしょう?」

 更紗が声を上げ、違う方向を指差す。右側の側面には違う絵が描かれている。赤い大きな鳥。

「不死鳥……?」

 伝説の鳥が何故、壁一面に描かれているのか?

 ユウは呆けたように立ち尽くしている。

「ユウ?」

 イズミが声を掛けるか反応はない。開いた瞳は赤い鳥が描かれた壁ではなく、真正面の壁を見つめていた。

「この向こうに何かあるのか?」

 サスケはゆっくりと近づくとユウの見つめる壁に手を伸ばした。やはり壁に描かれているのは何かの物語のように思える。左の壁から

それは続き、ちょうど真正面の壁で終わっている。壁に描かれていたのは一人の少年が波に飲み込まれている絵だった。その両手、両足

には鎖が巻き付いて拘束されているようだ。

 そして、不死鳥と言われる炎をまとった赤い鳥。

 この絵が意味するところは何なのだろう。絵は何のために描かれ、何を伝えたいのか。

 いや、それよりももっと重要なことがある。

 ここまで迷うことなく歩いてきたユウが足を止め、この壁を見つめている。まるでこの壁の向こうに何かがあるようだ。

 サスケは瞳にチャクラを集める。

 背後にいる者たちには分からないが、サスケの瞳は写輪眼へと変化していた。瞳に浮かぶ勾玉紋様。赤く光るその瞳で壁を注意深く

見る。白眼とはちがい透視することはできないが、他の壁と違うのであれば何か感じ取れるはずである。

 すると、やはりというべきか、壁の隙間から僅かな気の流れを感じた。耳を押し当て、拳で小突いてみる。

「ん?」

 声を漏らすとイズミが「どうしたんだ!」と駆け寄ってきた。

 イズミは一瞬、サスケの眼を見て息を飲んだが、忍の能力だと即座に思ったのだろう、特に何も言わなかった。

「音が違うな」

「え?」

「音が軽い。この壁は壊せそうだ」

 壁の向こうは空洞になっている可能性が高い。

 サスケはチラリとユウに視線を向ける。

 ユウは未だ一言も発することなく、サスケの向こうにある壁を見続けていた。

「よし」

 サスケがグッと拳を握る。

 遺跡を壊すのが罪になるのかどうかは関係ない。この向こうが空洞になっており、そこに誰かがいるのなら、ナルトを見つける足がかり

になるやもしれない。

 拳にチャクラを集める。サスケの拳は暗闇の中で銀色の光を纏い、鋭く壁を貫いた。 

 ピキピキとひび割れる音がして、サスケの拳が埋まった場所から上下左右に放射線状に亀裂が入る。

 サスケが拳を引き抜くと壁はガラガラと音を立てて崩れ、足元に瓦礫が散乱した。

「やはりというべきか……」

 予想通り、壁の向こうは空洞だった。いや、空洞というよりは……。

 崩れた瓦礫を越えてそこに足を踏み入れる。

 懐中電灯で照らさなくても金色に塗られた壁が妙に明るいそこは誰かの部屋のようだった。家具などはなく空っぽだが、八畳ほど四角

く区切られた空間。これを部屋といわずに何というのだろう。

 サスケは周囲の壁を光に照らした。その瞬間、言葉を飲み込む。

「な、何」

 イズミが引きつった声を上げた。更紗も悲鳴を抑え込むように口元を塞いでいた。

「顔?」

 壁一面には顔の彫刻。よく眼を凝らしてみれば自分達が突き破った場所以外、すべて床も天井も人の顔で埋め尽くされていた。

 もちろん人の顔といっても生きているものの顔ではない。

 壁に彫られた彫刻だが、とてもリアルで気持ちが良いものではなかった。

「これって彫刻だよな、そうだよな」

 イズミがそう自分に言い聞かせるように呟いた。

「それにしても何て悪趣味な」

 人の顔を壁一面に浮き彫りにするなんて、趣味が悪い。

「良くできてるな」

 不気味な雰囲気に頬を引きつらせ呟くイズミの隣でサスケは眉を寄せていた。

 この壁一面の人の顔。ただの彫刻とは何かが違う気がする。一つ一つから禍々しい気が発せられているように思えるのだ。

 警戒するように身構える。

 その時――――。

「兄さん」

 ユウの呟きが聞こえる。

 壁の彫刻に気を取られていたサスケはすぐさま後ろを振り返り、ユウの視線を追った。

「なっ」

 思わず声が零れた。

 丁度、部屋の中央に仄かな青い光を纏わせて彼がたたずんでいる。

 普通ではないと即座に思った。少なくとも、サスケがこの部屋に足を踏み入れた時、男はそこにいなかった。

 それに今、振り返るまでこれほど近くにいた彼の気配を全く感じられなかったのだ。

 背中にゾクリと悪寒が走る。

 男は驚きに声も出ないイズミと更紗、それに腰を抜かして口をパクパクと開閉させている更紗に視線を向けた後、自分を睨み付けるサ

スケと歓喜に瞳を潤ませる弟に柔らかな微笑を向けた。

「やっぱり生きて……」

 感極まった声を漏らしユウが部屋の中央にいる兄に近づこうと足を踏み出す。そんなユウをサスケは即座に止めた。

「ちょっと待て!」

 腕を捕まれたユウは不思議そうな顔をサスケに向ける。

「どうしたんですか?」

 目の前に兄がいるのに、どうして近づいてはいけないのだとユウの瞳がサスケに問う。

「考えてみろ」

 そう言って視線を四方の壁に向ける。自分達が入ってきた穴の開いた壁以外にこの部屋に扉や窓らしきものは見当たらない。つまり

サスケ達が立ち入るまでここは完全な密室だったのだ。

 足を踏み入れた時、彼の姿はここにはいなかった。

 壁面の顔の彫刻に気をとられ、男が現れた瞬間を見ていなかったことが悔やまれる。

「ユウ、あいつはどうやってここへ現れたんだ?」

 壁を見ていなかったユウに問いかければ、ますます不思議そうに首を傾けた。

「ずっと兄さんならそこに」

「何?」

「そこにいたよ」

 ユウがそう呟いた瞬間、ギャーと甲高い女の悲鳴が聞こえてくる。

「どうした!」

 腰が抜けたのかヘタリ込んでいたセイカのものだ。

 視線を向ければセイカは全身をこれ以上ないくらい震わせて、自分の足を指差した。