SAKURAより抜粋

〜プロローグ〜

 

 ヒラヒラと桜の花が舞う。

 心地よい春の風に優雅に美しく。

 その舞を眺めながら並木道を歩く。ナルトは今日の任務の褒美に依頼人から貰った金平糖の袋をポケットから取り出した。

 透明な袋に入ったそれは桜と同じ白い色をしていた。

「へへ」

 思わず笑みを浮かべる。

 一粒口の中に放り込むと、甘味が口いっぱいに広がり、幸せな気分になった。

「なあ」

 足を止め振り返った。

そこには同じ袋を手に持ったサスケが仏頂面で立っていた。

「ちょっと座っていかねぇ?」

 そう言ってナルトはニッと笑うと桜の木の下に据えつけられていたベンチを顎で示す。

 サスケはそんなナルトに何も言わなかったが、嫌がる様子もなく、薦められたベンチに腰を下ろした。

 二人は肩を並べ、ベンチに座りぼんやりと桜の花が舞う姿を眺めた。

「綺麗だな」

 思わず零れた言葉にサスケも頷く。

 今日の任務は庭に大量発生した毛虫の駆除というものだったのだが、サクラの調合してきた殺虫剤が思いの他良く効いたおかげで、

昼前に任務が終ってしまった。

 見上げれば晴れ渡った空が広がっている。

 芋虫系が大の苦手であるサクラはさすがに大量の虫を見たせいで気分が悪くなってしまい、解散の声が掛かると同時に帰ってしまった。

終ったらサスケとデートしたいと言っていたのだが、それどころではなかったらしい。悲痛な面持ちで、口元を手ぬぐいで押さえ帰って行っ

たサクラに同情する。

「せっかく任務早く終ったのにな〜」

 こんな良い天気に急に時間ができてしまい、ナルトはつまらないと拗ねたように唇を尖らせた。

 カカシ先生は別の任務に行ってしまったし、イルカ先生は受付の仕事中だし……。

 

「おい、ウスラトンカチ」

 

 「何だ、この手は」とサスケが声を漏らす。

 カカシが立ち去った後、ナルトは無意識にサスケだけは逃がすまいと彼の手首を握っていたのだ。

「あっ」

 サスケがそんなナルトに肩を竦めた。仕方ないとばかりにため息を漏らす。

「付き合ってやるよ」

「え」

「暇なんだろ」

 そう言ってサスケが視線を森の方に向ける。

 森は白や薄桃色に美しく彩られていた。

 

 

 

 

 

 

 修行をするつもりで森に入ったのだが・・・・・・。

 美しい桜の木々にただ見とれた。

 どのくらいそうしていたのか分からないほど、二人は舞い散る花びらを見つめながら、金平糖を口の中で溶かしていた。

 尤も砂糖菓子を口にしていたのはナルトだけで、サスケはただ美しい花をみていただけだが……。

 柔らかな春の風がとても心地良く、口中に広がるほんのりとした甘さにナルトは朝の任務の疲れが癒されると思った。

 桜の花びらが陽の光を浴びてキラキラと光る。

 まるで夢の中にいるような美しい風景。

 この時間を壊したくない。

 いつもはサスケにおしゃべりだと言われるナルトも無言で、今のこの時を堪能する。

 時間がとてもゆっくり流れているように感じられて……。

 そういえばとナルトは思った。

 下忍になってからいろいろ必死で、こうしてまったりとした時間を過ごすなんてここの所なかったように思う。

 しかも隣にいるのはライバルであり、想い人でもあるサスケだ。

 ただ一緒にいるだけなのに。

 同じ時間を共有していると実感できる今をナルトはとても幸せだと思った。

 ずっとずっと二人で桜を見ていたい。

「なあ、ナルト」

 サスケの声が静かな空間に響く。

「変わらないものなんてあると思うか?」

 突然、投げかけられた質問にナルトは目を大きく見開いた。

「変わらないもの?」

「ああ」

 サスケがコクリと頷く。

「変わらないものだ」

 もう一度、まるで念を押すようにそう言ってサスケは青く澄んだ空を見上げた。

 サスケの瞳はどこか遠くを見ている。

 そう思うとナルトは妙に切ない気持ちになった。

「あるってばよ」

 ナルトはそう言って、降りそそぐ花びらを一枚、手の平で受け止めた。

「俺は変わらないってばよ」

 自分の目指すものは変わらない。

 そのために努力することも変わらない。

 一度言ったことは曲げない。それが自分の忍道だから。

「サスケ」

 この気持ちも―――――。

「俺、サスケが好きだ」

 ずっとずっと……。

この先、サスケが誰を選んでも。

「ナルト……」

 サスケは何かを思うように俯いた。

 

 風が大地に散った花びらを再び舞い上がらせる。

 綺麗な花。

 まっすぐに伸びた木は精悍で美しい。それでいて儚く花を散らす桜に二人は春の訪れと終りを同時に感じていた。

 

 

 

 【暁】との戦いから四年の月日が流れた。

 

 山が真っ赤に染まる。

 それは秋の景色。

 色づいた葉がヒラヒラと風に舞う。

 綺麗だとナルトは思った。

 だけど何か違う。

 思い出すのはもっと淡い色。

 柔らかな色彩。

 そうあれは桜――――。

 桜の季節に何か大切なものを失った。

 それなのに自分はその大切なものが何だったのか……。

ずっと思い出せずにいる。

 

 

  1

 

 

「そろそろ準備は良いか」

 部屋に入ってきたシカマルの言葉にナルトは「おう」と小さな声で答えた。

「緊張してるな」

「し、してねえよ」

 そう言ったものの思わず声がひっくり返ってしまい、ナルトは顔を赤く染めた。

「おいおい、大丈夫かよ。つってもまあ緊張すんなって方が無理だろうけどよ」

 今日はナルトの夢が叶う日―――――火影として里の人々の前に立つ最初の日だった。

 『暁』との対決から四年。

 ナルトが成人するまでは、と頑張ってきた綱手から代を譲ると伝えられたのは半年ほど前のことだ。

 それから準備に追われている間に今日の日を迎えてしまった。

「お、なかなか似合っているじゃないか」

 綱手がサクラを伴い部屋に入ってくる。

 サクラが仕立ててくれた『六代目火影』と書かれた羽織をナルトは嬉しそうに見せた。

「へへ。サクラちゃんこれ良いってばよ」

「そう言って貰えると作った甲斐があるわ。でもあんたが本当に火影になっちゃうなんてね」

 フフッとサクラが笑う。

 確かに忍になったばかりの頃は気持ちばかりが先走っていつも失敗ばかりしていた。

「もう、あの頃の俺じゃないってばよ」

 修行と経験を積んだ今では師であるカカシにだって負けはしない。ここ三年で数々の任務を経て、業績を認められ、ナルトの名は

火の国だけではなく広く世界に知られている。それ程の忍へと成長した。だからこそ綱手も後を譲る気になったのだ。

「確かにな。ほれ、里の者が待っているぞ」

 綱手に誘われ部屋を出る。

 これから屋上に上がり、里の皆に挨拶をするのだ。

六代目火影として最初の仕事だった。

 

 

 

「ふう…疲れた」

 既に夜も深まり、普通であれば眠りについている時間だった。

 しかし宴はまだまだ終わりそうにない。

 自来也と綱手が先陣を切ってハメを外しているので、誰も何も言えない状況だった。

 途中から完全に主役そっちのけで出来上がってしまっている師に呆れながらも、根気良く付き合っていたのだが……。

 昨夜は緊張して眠れなかったせいもあって、流石に疲れてしまった。

 シズネとサクラに謝って少し退席すると庭先に出て夜風に当たる。

 秋の涼やかな風がとても心地良かった。

「うーん。なんか戻るのも嫌だな〜」

 眠いわけではないが、盛り上がりたい気分でもない。

 どういうわけか一人でいたい気分だった。

 風が吹き抜けていく。

火影になるのは夢だった。

 その夢がようやく叶ったのに何故だろうとナルトはぼんやりと思った。

 何かが足りない。

 そんな気がする。

 火影になれたことを一緒に喜んでくれる仲間がまだ他にもいたような気がして……。

 誰だっただろう。

 とても大切な人。その人に一番に報告したいと思っていた気がするのに……思い出せない。

 妙にすっきりしなくて、フラフラとナルトは夜道を歩いていた。

 里の門を出ていつも修行している森に出た。

 軽く体を動かしてこのモヤモヤとした気分を解そう。

 そう思い、いつもの修行場に足を向ける。

 少し歩いた所で不意にナルトは足を止めた。

「そういやこの先に……」

 目の前には二股に分かれた道がある。

このまま右の道を行くと修行場にたどり着く。

左の道をまっすぐ行けば大きな湖がある死の森と呼ばれる森がある。

湖の畔には樹齢百年以上の大きな樹がある。その樹の根元には重罪人を封じ込める牢があると聞いた。

 ナルトは実際にその場所に行ったことはなかった。

 しかし火影になったのだ。里の領域で自分が知らない場所があってはいけない気がした。

 幸い今日は満月で大きな丸い月が周囲を照らしている。

 好奇心旺盛なナルトは冒険とか探検というものに弱かった。

 

 

 月明かりに導かれるままナルトは森を歩いた。

 しばらくすると大きな湖が見えてくる。

 ナルトはその周辺で一番大きな樹を探した。

「お、あれだな」

一際大きなその樹はすぐに見つかった。

 ナルトは胸を高鳴らせながら近づいてみる。

 その樹の根元には牢があり、重罪人が封じられている。

 だが、今はそういう話は聞いていない。

 牢は無人のはずだった。

 しかし誰もいないはずのその牢からは凄まじいチャクラが漏れ出している。

(誰かいる)

 こんな所に一体?

 目を凝らし、その誰かを探る。

 誰かは無人のはずの牢の中にいた。

 床に座って黒い瞳を真っ直ぐナルトに向けている。

「あっ」

 ナルトは思わず声を漏らした。

 黒い髪、黒い瞳。そして抜けるような白い肌。

 白い着物を纏ったその人は暗闇の中でもはっきりと分かるくらい美しかった。