HANABIより抜粋

〜プロローグ〜

 

 火影直属暗殺戦術特殊部隊――――通称、暗部。

 動物を模した白い仮面で顔を覆い、里を陰で守護する精鋭部隊であり、火影の命なくしては入隊を許されない火影の直属部隊である。

 その全容は謎。隊員の素性もその任務も性質上火影以外が知るはことない。

火影の影。闇を司る。

 忍にとって暗部への配属は公言できるものではないが、最高の栄誉である。

 その暗部部隊にこの春、配属された者がいた。

 かつては里を捨て、仲間を捨てて力のみを求めたこともあった。

 しかし、本当に大切な者の為に再び里に戻り、彼の為に生きようと心に決めたその時、今までの全てを捨てた。

 意地もプライドもこれから先の未来には必要ない。

 彼の笑顔を守る為、里の決定に従い幽閉され罪を償う道を選んだこともある。

 だがナルト自身に切望され、忍として、この里を一身に背負う彼の影となり共に生きることに決めた。

名はその時に捨てた。

それなのに、二人きりの時は以前と変らない名でナルトは自分を呼ぶ。

 

「サスケ」

 

 ゆらめく蝋燭だけに支配された薄暗い空間で、ナルトは巻物を閉じると闇の中で息を潜めて見守る己の影を呼んだ。

 影は物言わず主の元に身を寄せる。

 ナルトは立ち上がると、その温もりを確かめるように影の体をそっと抱きしめた。

 何も言わない。

 ただ、抱きしめるだけ。

 けれど温かい。

「疲れてるな」

 連日、仕事に追われ眠れていない主の背中を労わるように撫ぜてやる。

 泣き言一つ言わないタフさが売りのナルトだが、疲れることもある。自由に飛ぶ鳥にも羽を休める枝が必要なように、ナルトにも休める場所が必要だ。

 影であり、枝である。この役目は自分にしかできない。

 傍にあると決めた。

 彼の背負う影を共に背負うと誓った。

 もう離れることはない。

 死が二人を別つその時まで―――――。


 

   1

 

 

 熱を孕んだ風が体に纏わりつく。照りつける太陽に額から流れる汗を袖で拭い、ナルトは空を仰いだ。

 七月最後の日、木の葉の里では夜市が行なわれる。

 海のない木の葉の里だが、恵の水に感謝する意味で開催されるもので、魚や果実、野菜など水に関わるものでセリが行なわれるのだ。

夏の恒例行事である。里は夜市を三日後に控え、準備に追われていた。セリの為に商人の出入りが激しいこの時期はよく問題がおきる。

間者の侵入の可能性もグッと上がるので警戒しなくてはならない。

 祭り独特の高ぶりと、ピリピリとした空気を感じながらナルトは里を歩いた。

 火影に着任してまだ二年。昨年は殆ど言われるがままで、訳が分からないまま終ってしまったが、今年はそういう訳にもいかない。

 祭は民がまだ若い火影の力量を測るのにとても重大な行事だ。特に市の後に行なわれる花火が盛大であればあるほど、里の安定を物語っ

ていると言われては、頑張らずにはいられない。もちろんそればかりを意識していても駄目で、長として里の安全にも気を配らなければな

らず、里の安全と祭りの成功。その両方を頭に置いて、ナルトを含めその側近達は忙しい毎日を過ごしていた。

「では、火影様。これで」

 炎天下の中、里一番の花火師と装置の配置の打ち合わせを終えナルトはホッと一息ついた。

「お疲れ様」

 補佐官の一人であるサクラがそっとナルトにタオルを手渡す。

「サンキュー」

 ナルトはそれを笑顔で受け取って、作業を続ける花火師の面々を見回した。

「楽しみだってばよ」

 この装置から放たれる花火を想像し、胸が高鳴る。

 正直、ナルトは年間の行事の中でこの夜市を一番楽しみにしていた。

 特にラストの花火は毎年楽しみだったのだ。

 今年は自分をイメージした花火が上がるとあってその思いも一際だ。

「じゃあ、私は市の方の準備を見て来ますね。火影様はそのままお帰りになってください。夜にはそちらに衣装班が向かいますので、

湯浴みは済ませておいて下さいね」

 サクラは柔らかい口調でそう言うとニコリと笑った。

 だが、その瞳は笑っていない。

 衣装班という言葉にナルトが僅かに引きつったのをこの長い付き合いの補佐官は見逃さなかった。

 逃げないでよ、と彼女の強い眼光がナルトに訴えていた。

 火影という立場になってからは、敬語を使い、自分を立ててくれるサクラだが強気な態度は変わらない。そんなサクラにナルトも

弱かった。ずっと苦楽を共にしてきたサクラの存在はナルトにとっては姉のようなもので、性別の枠を越え、誰よりも信頼できる存

在だ。補佐官としても優秀で実際、書類仕事の苦手なナルトが火影として恙無くやれているのはサクラの存在が大きい。将来的には

そんなことを言っていてはいけないと分かってはいるのだが……まだまだ自分にはサクラの手助けが必要だ。

だからサクラが自分のスケジュールを管理してくれるのに不満はない。

ただ…衣装という言葉が引っかかった。

確かにいつもどおりの木ノ葉ベストの上から『六代目火影』と背中に書かれた羽織を着用しただけでは流石に体裁が悪いかもしれない。

だが、自分の為の祭りではないのだから、それならば火影の正装である『火』と書かれた傘と裾の長い服で良いじゃないかと思う。三代目

は普段からその服を着用していたが、ナルトは就任式の際に作って貰ったそれは動きにくいという理由で殆ど袖を通していなかった。

「暑いわよ」

 四月でもかなり暑かったのに、この気候であんなものを着たら死んじゃうわよ、とサクラに言われナルトは息を飲む。確かにそうかもしれ

ないが、問題は新しく作ってくれるという衣装のデザインだった。

 里の有名なデザイナーに頼んだという話しなのだが……。サクラといのは「やっぱり今はこれくらいしなくっちゃね」と言って喜んでいた

が、ナルトはそのデザインを見た途端、これを着なくてはいけないのか、とため息を零した。

 しかし、女性陣には好評であっけなく決まってしまった。

 今日は仕立て上がりを試着することになっていた。

 あの趣味の悪い火影服を着なくてはならないのかと思うと気分が滅入る。だがここまで来て拒絶することもできず、ナルトは小さく頷いた。

 

 

 サクラと別れナルトは言われた通り帰路に着いた。

 もちろん護衛の暗部が二名、他の者には分からないよう付き添っている。

 街の雑踏を歩いていると、あちらこちらから声を掛けられた。

 ナルトは笑顔で答えながら思う。

 火影になって里の皆に認めて貰いたい。

 それはナルトの小さな頃からの夢だった。

 決して簡単な道ではなかったが、ようやく手にした信頼。この信頼を自分は裏切らないようにしなくてはと思う。昔は侮蔑するように

自分を見ていた大人達も今はにこやかに自分を受け入れてくれる。それを単純に嬉しいと喜んでばかりもいられないが、糧にはしていた。

里のみんなの笑顔を守りたい。その為なら命だって捧げられる。皆が安心して命を預けられるような火影になりたい。まだまだその望みに

足を一歩踏み出しただけに過ぎないが、少しずつ前進していると信じたい。 

ナルトはそう思いながら街行く人に手を振り、自分の家へ歩を進めた。

家まであと一つ角を曲がるだけという所で、ナルトは誰かに呼ばれたような気がして足を止めた。

(あれ?)

 見回してみるが周囲に誰かがいる気配はない。

 いや、正確には護衛の暗部がいるのだが、それ以外には見当たらないというのに、妙に胸が騒いだ。

(誰か、いる…)

 ナルトは神経を研ぎ澄ませ辺りの気配を探る。

 刹那、細い路地の隙間から声が聞こえてきた。

 ナルトはゆっくりとそこを覗き込む。

 路地は一つ向こうの道に通じているようで、僅かに蠢く誰かの姿が見えた。

 その姿にナルトは目を見張る。

「あれは…」

 ナルトは飛び上がると屋根を超え、道向こうの道に出る。

 数メートル先にその姿を見つけ、ナルトは夢中でその背中を追った。