金の宝冠 一部抜粋
資料館を出るとすっかり日が落ちて、辺りは暗闇に包まれていた。
昼間の熱気が嘘のように、夜は冷える。
砂漠では日よけ対策に使用していたケープを羽織り息をついた。
一日中細かい文字を追っていた目が痛い。
んっと声を上げて背伸びをすると、同じ体勢を維持していた為緊張していた筋肉が少し解れたような気がした。
見上げれば澄んだ星空。
煌く光に心も躍る。
海と砂漠の渦の国。
美しい海に面して国があり、その向こう側は訪れるものを拒むように砂漠が広がっている。
その砂漠には数多くの遺跡が眠っている。
「なあ、サスケ。少しだけ歩かねえ?」
このまま帰るのも勿体無い気がしてナルトはサスケを散歩に誘った。
「そうだな」
サスケも同じ気持ちだったのか小さく頷く。その手には先ほどの資料館でイズミの名義で借りた本が握られていた。
興味を引くものがあったのだろう。どんな内容だろうと少し興味はあったが何も聞かなかった。
金の宝冠に関することなら、分かったことがあれば言うだろう。
今日一日、あれだけ活字ばかり見ていたのに、良く飽きないものだとナルトはうんざりしながら思った。
サスケは書物を読むのが好きだ。里でも休みの日は修行をしているか、巻物と睨めっこばかりしている。そんな
サスケと違いナルトはジッと活字を追うという行為が苦手だった。
それでも技の巻物なんかは眉間に皺を寄せつつ見るが、物語なんかはほとんど読まない。
小さな文字を追っていくのは目が疲れるし、体を動かしていることより何倍も疲れる。
今日のように必要に迫られれば致し方ないが、外で体を動かして、修行していた方が性に合っていた。
この国は本当に小さい。
資料館や政治区のある西地区から真っ直ぐ歩いて行くと海辺の北地区に出る。
海は星を映しキラキラと光る。波の音と潮の香り。山に囲まれた木の葉では見ることの出来ない光景だ。
「なんか懐かしいってばよ」
こうしてサスケと肩を並べ、海を眺めるのは久しぶりだった。
思い出すのはあの波の国。初めて行った国外任務。
あの頃の自分はサスケへの対抗意識ばかりが強くて、実力が伴わないまま暴走しては良く怒られていた。アカデミー
でも常に一番のサスケ。女の子にもモテて自分にできないことを何でもできる。
本当は憧れていた。
サスケのようになりたかった。
だけど言えるわけがない。自分と同じ歳の奴に憧れているだなんて……。
いつだってサスケはみんなの中心にいた。みんながサスケを持て囃す。
優秀なサスケ。顔も良くて頭も良い。運動神経もピカイチで手裏剣も忍術もサスケの右に出るものはいない。
自分とは違いすぎる。
手裏剣もヘタ。忍術もダメ。サスケよりも三年も早くに入学したのに。卒業できない自分。
呆れたように自分を見るサスケの瞳が悔しくて、憧れを素直に表現することができなかった。
いつしかその思いは負けたくない!という思いに変わり……。
常にサスケを意識していた。気がつけばサスケを見ていた。
だから気づいた。
みんながサスケを持て囃す。
すごいねと言って取り囲む。
だけど、サスケは驕るわけでもなく、一緒になって騒ぐわけでもなく……。
大勢の中にいるのに、サスケはいつだって一人だって顔をしていた。
それを見た瞬間、何故か胸がキュッと痛んだ。
自分と同じ。サスケも一人で寂しいんだと思うと切なくなる。
学校が終わるといつも一人でどこかに行ってしまうサスケ。今、思えば一人で修行していたのだろう。
サスケは強くなりたいと願い続けた。
自分はどうだろうとナルトは思う。強くなりたい。大切なものを守れるよう強くなりたいと願う気持ちは変わらない。
だけどあの頃の自分はそれよりもサスケに負けたくないことでいっぱいだった。少しでもサスケに追いつきたい。
ライバルとして見てもらいたい。
気がつくとサスケを必死に目で追っていた。
波の国でもサスケは忍の顔をしていた。なのに自分は甘ったれで、庇って貰ったりなんかして……。白の千本がサ
スケを貫き、彼を失ったと思った。あの時の胸の痛みは忘れない。
今度は俺がサスケを守る。
サスケの無事を知った時、ナルトはそう心に誓った。
背中合わせで戦えるよう、サスケが自分に背中を預けられるよう強くなる。
一歩前を行けばサスケは更に自分の前へ進もうとする。
そんなサスケをいつか捕まえてやるとナルトは強くそう思った。
あの頃の自分がいるから、今の自分がいる。
小さく笑うとサスケがピクンと眉を上げ、こちらに顔を向けた。
「何だ?」
「え、何?」
「てめえ、今なんか変なこと考えただろう」
「ええ。別に変なことなんか考えてないってばよ」
海を見て、思い出しただけ。
波の国で一緒に戦ったあの頃の気持ち。変わらない想い。あの時は自覚していなかったけれど、きっとあの頃から
自分はサスケが好きだった。
だから負けたくなった。認めて欲しかった。自分と話している時に一人ぼっちのような表情をさせたくなかった。
「波の国を思い出しただけ」
「波の国?」
「そ、あそこの海も綺麗だったなって」
木の葉がペインの攻撃により、壊滅的な状態になった時、復興の援軍としてタズナやイナリと会った。イナリは随
分大きくなっていて見違えるようだった。あれから既に三年以上の時が経過している。イナリは更に成長しただろう。
「波の国か」
サスケも小さな声で呟く。
「なあ知ってる?あの橋の名前さ」
「ナルト大橋だろ」
クスッと口の端を上げて笑うサスケにナルトも笑顔を浮かべる。
「そう、ナルト大橋」
この国と豊授神宮を繋ぐ橋とは趣も作られた意味合いも違う橋だが、ナルトにとってとても思い出深い場所である。
実際、橋が完成して見ることができたのは1度か2度だが、自分と同じ名前を持つ橋に何か特別な親しみを感じた。
「全部が終わったらさ」
「そうだな」
あの橋に行くのも良い。
もう里を出て随分経つ。帰ったら何しよう。一楽には絶対に行きたい。
皆に心配を掛けてしまった。
「長い休暇だと思えば良い」
ナルトの想いを察したようにサスケがそう言った。
「サスケ……」
「お前はずっと走り続けて来たからな。少しくらい回り道したって構わないさ」
学校を卒業して、額当てを貰って……。七班になって、いろんな経験をして強くなった。自来也に出会って、綱手に
出会って……。いろんな人の顔が頭を過ぎっていく。
マダラとの戦いは本当にいろんな人に支えられ……。
母の想い。父の想い。
ずっともしかしたら自分は産まれて来るべきではなかったのかもしれないと……思っていた。
『愛してる』
だけど、自分の誕生を喜んでくれた人がいる。
会いたかったと言って抱きしめてくれた人。
それに今、こうして隣に居てくれる人がいる。
ナルトが死んだと聞いて、心配して探してくれた。絶対に生きていると信じてくれた。
「サスケ」
サスケが好きだ。
何があってもそれは変わらない。
九尾が暴走したと思い、額当てを外した時も過ぎったのはサスケの顔だった。
そっとケープに隠れたサスケの手に触れる。
ケープの中に手をもぐりこませると手をキュッと握り締める。サスケは少し驚いた顔をして、それからフッと息を
ついて顔を綻ばせた。
「仕方ねえな」
そう呟く。サスケは黙って手を繋いだまま視線を遠くの海に向けた。
ケープに包まれているのにサスケの手はひんやりと冷たい。
だけど、心は妙に温かくて……。
もっと触れたい。サスケとキスしたい。それ以上のことも……。
周囲に誰もいないのを確認してナルトはそっと顔を近づけた。
「ナルト……」
サスケが呆れたように呟く。
「だってさ……」
風の谷を出てからお預けだったのだ。
「若いんだし」
好きな人が隣にいれば触れたいと思うのは当たり前のこと。
サスケは溜息を零して、ナルトの額を拳でコンと突いた。
そっとサスケの唇に触れる。
唇と唇が触れ合うだけの優しい口付け。
本当はもっと深く、濃厚なものにしたかったけれど、外ということもあり拒まれてしまった。
キュッと閉じた薄い唇の柔らかさを何度も確かめる。
こういうのもドキドキする。まるで初めてキスした時のようだ。軽く触れ合っているだけなのに、心臓が破裂しそ
うなほど音を立てる。でも、きっと大丈夫とナルトは思った。胸の音は波の音が消してくれるはずだ。
チュッと音を立てて唇を解放する。真っ直ぐ自分を見つめる深い夜のような黒い瞳が愛しい。濡れた唇が扇情的で
体温が少し上がった気がした。
「サスケ、俺、無理かも〜」
しがみつくようにサスケの体を抱きしめる。
「おいっ、ちょっと」
焦る声にナルトは少し笑って、良い匂いのする肩の付け根に顔を埋めた。
「しょうがねえじゃん。俺ってば若いんだからさ」
「だからって……」
キョロキョロとサスケが周囲を見渡す。
「俺は嫌だぞ。どこだと思っている」
「外」
しかも海岸沿いで冷たい海風が吹いていてかなり寒い。
「冗談じゃ……」
「分かってるって」
いくら若さ故に抑えがきかないと言ってもこの寒空の下、外で事に及ぼうとするほどではない。だからと言って
イズミの家でというのも気が引ける。
頭を悩ませているとコホンとサスケがわざとらしく咳払いをして目を細めた。
「とりあえず離れろ」
「ええっ〜」
「誰かに見られたらどうするんだ!」
「そんなの別に良いってばよ!」
誰にどう見られてもかまわない。ナルトは腕の中で身動ぎするサスケをよりいっそう強く抱きしめた。
「ナルト!いい加減」
「分かってる。分かってるって」
先ほどと同じ回答を繰り返す。
「多分、大丈夫だって」
この国はまだ着いたばかりで不慣れだし、土地勘もないがきっと大丈夫だと胸を張る。
「その自信はどっからくんだよ……」
サスケが肩を落と呆れたようにと呟く。
「何の根拠もねえくせに……」
サスケの言葉にナルトは笑って、濡れた唇にもう一度触れるだけのキスをした。
海の見える北地区はこの国でも一番観光が盛んな場所だ。この辺りのホテルは何処もいっぱいなのは昨日の昼間、
捜し歩いた時に良く分かっていた。
北地区から中央地区を歩く。
ここは真ん中に中央ストリートと呼ばれる大きな道があり、そこを中心に多くの商業施設やお店が立ち並んでいる。
北地区に来た観光客目当てのおしゃれな店も多い。
芳しい香りのするレストランを通り過ぎ二人は中央地区から国の玄関口にあたる南地区へ向かった。
イズミの話ではこの辺りは労働者や他の国からの出稼ぎが住まう地域だ。決して上品とはいえない店が軒を連ねてい
る。
二人はそんな南地区にある一軒の店に入ることにした。
路地裏にひっそりと置かれた看板の直ぐ隣に赤い扉がある。押し開き狭い通路を奥へ行くとカウンターが八席に四人
掛けのボックス席が三つの小さな店だ。
黒いエプロンをした愛想の良いマスターがにこやかに笑って二人をカウンターに促す。
店内は薄暗く、客も自分たちの他にはカップルが一組。一番奥のボックス席で何やら話し込んでいた。難しい話でも
しているのかカップルの表情は硬い。
「何にします」
マスターがカウンターにピーマンと人参をサッと炒めた突き出しを二つ置いて、飲み物を尋ねた。
二人はとりあえずビールを二つ頼んでから腹の足しになりそうなものをお任せで注文する。
「何?お兄さん達この辺のひとじゃないね。……っていうかその服装。木の葉の忍?」
人懐こいマスターがグラスにビールを注ぎながら尋ねる。
「分かるってば」
「そりゃあね。ここは木の葉とは同盟の国みたいなもんだし、木の葉の忍は珍しくないからね」
四十歳半ばくらいのマスターは肩に掛かりそうな長めの髪をかき上げて、口の端をあげた。
「何?任務?」
「まあね」
「ふーん。まあ任務の内容は聞かないよ。興味もないしね」
忍相手の接客にはなれているのか、マスターはそれ以上何も聞かなかった。料理をする為、カウンターの奥にある
奥のキッチンに移動する際、チラッとサスケを見て微笑む。それから指を立ててナルトの耳元に唇を寄せるとそっと
小声で囁いた。
「まあ、あんまりお上品なところじゃないけど楽しんで行ってくれ。二階の部屋も今夜は空いてるな」
そう言って、パチンとウィンクするとキッチンに入っていく。
どうやらここはそういうバーのようで、サスケが恨みがましい視線をナルトに向けた。
「良くこんな所知ってたな」
嫌味たっぷりに言うとナルトは目を丸くして「誤解だってばよ」と呟いた。
「でも、予想はして入っただろ?」
「…まあ、ちょっとは……」
労働者達がたむろするバーにはこういう二階は部屋になっていて、気軽にパートナーを連れ込めるような店がある。
一見普通のバーなのでそうと分かりにくいが、こういう店の多くは路地裏にあり、人目を避けた作りになっている
ことが多い。と、いうのは自来也の受け売りだ。ナルト自身はこういう店を使うのは初めてで内心かなりドキドキし
ていた。 宿はダメでもこういう所なら開いているかもと思ったのは正解だったいたようだ。
マスターは直ぐに料理を携えて戻ってきた。
料理と一緒に小さな鍵をカウンターに置く。
「二階へはその奥の扉を開けると階段になってるから。一番奥の部屋を使ってくれ」
どうぞご自由にと言ってカウンターの隅でボトルを磨き始める。
ナルトは顔を真っ赤に染めて、その小さな鍵をポケットに放り込んだ。
こういうバーの割に料理は非常に美味しかった。
海が近いからか料理は魚介を使っているものが多く、生タコのカルパッチョにエビのから揚げ。バジルとチーズの
ピザなど中々に豪華だった。
この国に来て初めてまともなものを食べた気がする。
料理を食べながら二本目のビールを開けて、日本酒を嗜む頃には気分が良くなってきた。
ナルトの手がカウンターに置かれたサスケの手を握る。
それを合図に二人は席を立ち、奥にある階段に向かった。
階段を上がると狭い廊下に部屋が三つ。
一番奥の部屋の扉に渡された鍵を差し込むとカチリと音が響いた。
中は思った以上に普通の部屋だった。
部屋の中央には大きめのベッドが一つ。入ってすぐのところにある扉を開くと小さな簡易のトイレとバスがついて
いた。
他には何もない。
本当にするためだけの部屋だが、今の自分達にはそれで充分だ。
ベストを床に脱ぎ捨てて、ベッドに上がる。
服を脱ぐのももどかしくて、お互い求め合うように抱き合い口付けた。ひんやりと冷たいサスケの唇。薄く開いた
隙間から舌を忍ばせる。先ほどまでの触れるだけのキスではなく、貪り合うように舌を絡めあう。強く吸い上げれば
痺れるような快感が広がった。
「ん……」
サスケの口の端から透明な雫が零れ落ちる。
顎から細く白い首筋へ。
艶かしく辿る透明の雫にゾクリと体が震える。
ナルトは夢中でハイネックをたくし上げ。しなやかな体に手を伸ばした。