怪盗すぱいらる サンプル1

ロローグ

 

 

 人々が寝静まる頃。

 闇の中に仄かに浮かび上がる青年の姿がある。里を一望できる塔の上で彼は静かにその時を待つ。

 青年は白のスーツにシルクハットという闇夜でも大変目立つ装いで、瞳をスーツと同じ白で縁取られた仮面で隠していた。

仮面から覗く瞳は青く、白が良く映える金の髪を覗かせている。

 モノトーンではあるが、目立つ格好だ。もちろん本人は別に目立ちたくてこんな格好をしているわけではない。むしろできるだ

け目立たないようにと思っているのだが……。

 もちろんこの格好にはそれなりに理由がある。

 だが、今は格好についてあれこれと述べている時ではなかった。

 目標を前に彼は身構える。

「よし、行くってばよ」

 シルクハットを深めに被り、目的の場所をにらみ付ける。

 ひらりと塔から身を投げ出し、空を舞う。

 普通であれば落ちたらまず助かることはない高さだが、彼にはこのくらいの高さなど何でもなかった。

 風に身を任せ、ゆっくりと着地する。

 着地した場所は塔から少し離れた屋敷の赤い屋根の上。それから彼は屋根から屋根へと軽快に走り出す。

 目指すはこのまま真っ直ぐ行った場所にある大富豪の住む屋敷だ。

 里一番の大富豪で大名とも繋がりが深い。それはそうとして、大富豪はあるものをコレクションとして集めていた。

 その中のひとつを頂きにいくのだ。

 予告状は昨日の夜に出しておいた。

 警務隊が厳戒態勢で警備をしている中、彼は風のように姿を現す。

 それも正面から堂々と。

 驚く警務隊が彼を捕らえようと動き出す。数十人の警務隊が一斉に駆けつけてくる。その様子に彼はニヤリと口の端をあげた。

 懐から取り出したのは煙玉。

 ある程度、警務隊が集まってきたのを見て、彼は手にした煙玉を地面に叩きつける。玉が破裂して、白い煙が広がる。

「うわっ」

 声を上げる警務隊に「悪りぃ」と小さく詫びて彼は常人には目に留めることもできないほどの速さで移動を開始した。

 目指すはコレクションルームに展示してあるという絵だ。

 かなりの名画らしく、大富豪も相当な額を投資して手に入れたという。

 大富豪は元々絵が好きでいろいろコレクションしているらしかった。

 絵に興味のない青年には良く分からないが、この絵はかなりの高額で取引されているものらしい。絵が何故そんなに高いのか理解

できないが、今はそんなことどうでも良い。

 今日のミッションはその絵を頂くことある。

 己が正体を明かすことなく、その絵を頂くことこそが使命。

 あらかじめ手に入れておいたこの屋敷の図面を元に、白いマントを翻し、青年はまっすぐに目的の物が保管されている場所へと向かった。

 


 

 

 ふわあっと大きな欠伸をする。

 それから眠そうに目を擦り、目の前の山積みされた書類をうんざりと見つめた。

 外はとても良い天気で、春の日差しが心地良い。

 窓の外で自由に飛び回っている小鳥を見ていると自分も一緒に飛び出したいという心境になる。

 はあっと欠伸に続いてため息を漏らすと、ちょうどお茶を持ってきた補佐官にこれでもか!というくらい鋭い視線を向けられた。

「何をサボっている」

 視線だけではなく、声まで鋭い。

「べ、別にサボってなんかないってばよ!」

 ナルトは慌ててそう言って、筆を構えなおす。

「分かっていると思うが、これは今日中に!だぞ」

 甘やかすことを知らない補佐官の言葉に泣きそうになりながら、ナルトはひたすら苦手な書類整理に打ち込んだ。

 そりゃ、火影になったのだからいつまでも飛びまわってはいられない。

 里を守ることが火影の最優先事項である。

 そしてこの書類の山。

 これらはすべて任務に関わるものだ。簡単なものは事務官が行っているが、B級以上の任務の報告書は全て火影が目を通さなければならないな

んて……なるまで知らなかった。そんなこともあって現在ナルトはたくさんの書類を抱えている。

 他にも理由はあり、先月、五影会議に出席した際の書類が溜まっているのだ。帰還後少しずつ片付けてはいるものの、新しい書類も次から次へと運

び込まれてくるし、毎日残業しているがちっとも終わりそうにない。

 しかも三月の決算期を向かえ、あと数日の内に終わらせなくてはいけないのだ。

 もちろん目の前で眼光を光らせている火影補佐官であるサスケやサクラも手伝ってくれているのだが……火影にしか見ることができないというものも

数多く存在する。

 火影として、命を預かる者として、他人任せにできるものではないのだ。 

「ほら、お茶だ」

 机の上に置かれたのは渋めの緑茶だ。ナルトとしてはもう少し薄い方が好みなのだが、さきほどから欠伸を繰り返しているのを見られていたのだろう。

 これを飲んで目を覚ませというサスケのメッセージに小さく頷く。

「それ、飲んだら。こっちな」

「えええ!!そりゃないってばよ!」

 やっと半分、終わらせた所だというのに……半泣きになっているナルトにサスケが微笑む。その笑みの美しいことといったら……。本当に美しい悪魔を彷彿させた。

 ガクリと肩を落とす。

「まあ、そう気にやむな。今日は早めに帰るんだろ?」

 そんなナルトにサスケは呆れながらそう言うと、小さな紙に包まれていたものをそっと湯飲みの横に置いた。

「これは?」

「最中だ。さっきイルカに貰った。俺は甘いもんは嫌いだからな」

 食えと言って背を向ける。つまりこれはこれを食べて頑張れというサスケのメッセージで……。単純なもので落ち込んでいた気分は一気に浮上した。

「サンキューサスケ!」

 思わず立ち上がると、背中に抱きつく。

「こ、こら!ナルト!」

 声を上げるサスケにナルトはニッと口の端を上げた。

 昔はサスケの方が背が高かった。背も高く、顔も整っているサスケは女の子にも人気で、それが気に入らなくてよく突っかかっていったものだ。しかし、数年の時を経て、

今はナルトの方が5センチも高い。体つきだって、もともと筋肉が表に出る体質ではないサスケと違って、自分の方がいくらか逞しくなった。

 だからこうして背中から抱きつくと、昔はくっついているだけといった感じだったが、今はちゃんと抱きしめているという印象になる。

「サスケ……」

 白い項にムラムラしながらナルトは耳元に顔を埋めた。サスケの匂いを堪能する。男なんてみんな汗臭いだけだと思っていたけれど、サスケは違う。サスケからはとて

も良い匂いがするのだ。

 そう思うと体が熱くなる。そういえば五影会議からずっとご無沙汰だったのだ。若いんだし、欲求不満も溜まっている。

「ちょ、ちょっと待て!ナルト!」

 体をもぞもぞと弄りだしたナルトにサスケが慌てて声を上げた。

「ここは何処だ?」

「執務室」

「で、お前は誰だ?」

「火影だってばよ」

「そうだ。で、目の前には期限が近づいた書類が山積みされている」

 ナルトの腕から逃れようと身を捩りながらサスケが言った。つまり、今はこんなことをしている暇はないと言いたいのだろう。ナルトにもそれは分かる。分かるが……

それ以上に若いのだ。体にくすぶった熱を持て余しては仕事に集中なんて絶対無理である。

「だったら、トイレで抜いて来い!」

 甘えてお願いをしたナルトにサスケは顔を真っ赤にしてそう言った。こんな、いつ誰が入って来るか分からない所でなんて冗談じゃない!と肩を怒らせる。

「じゃあ、キス。キスだけ」

 ちょっとだけサスケに触れたいとナルトは訴えた。もちろん触れてしまえばちょっとで済む確証なんてまるでないが、一応我慢はするつもりだ。

 もちろん、サスケは思いっきり疑いの眼差しをナルトに向けた。瞳に「信用してません」とはっきり書いてある。

「信用してくれってばよ!ここで押し倒したことないじゃん」

「未遂はいっぱいあるがな」

 特にここ一ヶ月。仕掛けた悪戯は数知れず。

「だってよう……」

 ナルトは眉尻を下げた。所構わずがっついてしまうのには当然ワケがある。自分だって……サスケとプライベートでイチャイチャできていれば、仕事場で手を出した

いなんて思わない

のだ。

「とにかくダメだ」

 サスケはそう言うとドンとナルトの胸を押す。

「じゃあ、キスは?」

 情けない顔をしているであろうことは分かっていたが、聞かずにいられなかった。

 だってもう一ヶ月もサスケに触れていない。

 ずっと好きで、好きで。最初は気づかなかった想いだけど、復讐しか見えていないサスケを追いかけているうちに自分の気持ちに気づいてしまった。

 一緒に死ぬつもりで望んだ戦いを経て、やっとの想いで説得し里に連れ帰り、反対を押し切って補佐官にした。もちろんサスケを補佐官にしたのはわがままだけ

ではない。里に帰った

サスケは本当に信頼できる忍だったし、何より優秀だった。火影としては若く、失敗も多いナルトを理解しフォローしてくれる。それに……。

「サスケ」

 フウッと耳元に熱い息を吹きかける。

 サスケは黒い瞳をこちらに向けた。恨みがましくナルトを睨む。だが、その瞳にいつもの鋭さはない。どこか熱を帯びた瞳にサスケも不満に思っているのを感じた。

「サスケ……」

「…ウスラトンカチ」

 綺麗な眼差しが伏せられる。同時に形の良い唇にナルトはゴクンと喉を鳴らした。

 本当にこのまま押し倒してしまいたい衝動に駆られながらそっと口付ける。冷たいサスケの唇がとても気持ちよかった。

(もう少しだけ良いよな)

 もう少しだけと自分に言い聞かせながら、薄く開いた唇の隙間から舌を忍ばせる。

 刹那、サスケはカッと目を見開き、驚いた顔でナルトを見つめた。

「ん、んんん!」

 舌を絡ませようとするナルトに、サスケが逃げる。更にそれを追いかけて舌を捕らえ、吸い上げた。

「んん!」

 耳まで真っ赤にして、抗議の声を上げるサスケにそろそろやめなくてはと思いつつ、下腹部が熱くなる。

「んん」

 より深く交わりたくて、手を伸ばし細い腰を抱きしめた。しなやかな体を引き寄せて、より深く唇を弄って……。

(ヤバっ。やっぱダメかも)

 禁欲を強いられていた体に一気に火が点る。サスケとの口付けは心地よく、耐えられるものではない。

 このまま一気に奥の部屋に連れ込んで……。

 執務室には緊急事態の折に火影が詰めていられるよう仮眠室が備えられている。鍵も掛かるし……そこなら……と不埒なことを考えていると足の甲に鋭い痛

みが走った。

「ぎゃああ!!

 踵で強かに踏みつけられ、思わず声を上げた。

 腕の中にいたはずのサスケがあっという間にすり抜けて、警戒するように距離を取る。

「……サスケ」

 怒りで肩を震わせているサスケにナルトは言い訳の言葉も見つからなかった。

「てめえ、舌入れやがって……」

 ナルトの行動に身の危険を感じたのだろう。実際、それは間違いではない。ナルトの頭の中はサスケを連れ込むことでいっぱいだったのだ。

「……だってよう」

「だってじゃねえ!ここを何処だと思ってんだ!」

 なし崩しに……と思っていたナルトの考えをサスケも察したに違いない。

「執務室です」

 素直に答えてナルトはシュンと肩を落とした。

「分かってんなら、さっさと仕事しやがれ!」

 捨て台詞を残してサスケが出て行ってしまう。後に残されたナルトは一人寂しくトイレに篭る羽目になってしまった。

 

 

 

 

 はっきり言ってナルトの欲求不満は頂点を極めつつあった。

 二人の想いが通じ合ってもう随分になる。上忍時代はお互い長期任務などで離れていることもあったが、基本的に一ヶ月以上間があいたことはなかった。

 ナルトにしたってサスケにしたって若い。

 最初は監視の為という名目で始めた同居生活は火影になった今も続いている。

 夜、若い二人が一緒にいて、良い雰囲気になれば必然的にそういう流れになるのは当然だ。もちろん任務に差し支えはないよう心がけているが、戦闘の後など

はお互い興奮状態の名残で

朝まで求めてしまったりして……。

 一人寂しく残された執務室でナルトはため息を漏らす。

 仕事はまだまだ終わりそうにない。だが、この欲求不満の源は他にあった。

 そう家に帰れば二人きり。こんな場所でがっつく必要などないのだ。

 本来であれば……。

 

 

「おっかえり!」

 

 仕事はまだまだ残っているが、少しは休暇も必要とこの日は夕方過ぎに家に帰宅したナルトを待っていたのは九歳になったばかりの少年だった。名前をリンと言う。

 栗色のくりくりとした巻き毛に、同じ色の大きな瞳をしていた。

 ちなみにこの少年、一ヶ月ほど前からサスケとの愛の巣に住みついている居候である。

 しかも普通の居候ではない。

 良く見れば少年の体は透けて見えた。

 そう彼はもうこの世の者ではない。少年の姿が見えるのはナルトとサスケ。あとはカカシとサイの四人だけである。

「ねえ、いよいよ今日の夜だよね!」

 リンは声を弾ませて言った。

「ああ。そうだってばよ」

「楽しみだなー」

 ワクワクと期待に胸を膨らませている少年はとても無邪気で可愛らしい。可愛らしいのだが……。

「なんだよー。疲れてんのかよ!おっさんだな」

「うるさいってばよ」

 おっさんって何だ!と睨みつけたが、リンは素知らぬ顔だ。それよりも今夜のことが気になってしかたないのだろう。

 今日、何度目かのため息を零し、ナルトはチラリと時間を確認した。まだ約束まで随分時間がある。夜に備えて少し仮眠をとることにしよう。

 いそいそと布団を敷くナルトの隣でリンは鼻歌を歌いながら取り出したノートに何かを書き込んでいた。

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