サスケが里に戻って二年――――――。
ナルトは十八歳の誕生日を迎えた翌日、五代目火影である綱手に呼び出され通達を受けた。
『うずまきナルトを上忍に任命する』
「しっかりやんなよ」と言って綱手が手を差し伸べる。ナルトは夢を見ているのではないだろうかと思いつつその手を握り締めた。
夢に一歩近いた。そう思えた瞬間だった。
これからもっともっと強くなり、火影を目指す。
それは大きな夢だったが、絶対叶えてやると信じていた。
どんな困難にもめげたりしない。
自分を認めてくれた里に貢献する為、もっともっと強くなるのだと、ナルトは顔を綻ばせ、胸に込み上げてくる熱いものにそう誓った。
それから三日が経ち、上忍となったナルトに任務が言い渡された。
上忍になると難しい任務が増える分、国外に出ることも多い。
今回の任務は、ランクそのものはBランクと上忍には物足りなさを感じさせるようなものだったが、少々時間が掛るものだった。
依頼主は川の国の神社の若き宮司で、任務の内容はつい先日亡くなった先代から譲り受けた宝珠を渦の国の神社に奉納するというものだ。
「これは『明王』と呼ばれる宝珠です。元々、渦の国の豊授神宮より曽祖父の代に賜ったものだそうで、少々曰くがございましてね。あちらには今も昔も強い神力をもたれた巫(ふ)がおられるとのこと。残念ながら私には父程の神力を持ち合わせておりませぬ故、お返しさせて頂こうかと」
『明王』が納められた木箱を前に依頼主はそう言った。
何分、国宝級の一品。
曰くがあろうがなかろうが、金になるのならば賊には関係のないことだ。
渦の国までの行く手に何が潜んでいるか分からない。
ナルト達の任務はそんな輩から一行と珠を守り、無事、渦の国の神宮に届けるというもの。今回は初めて一緒になる三期上の宇佐見中忍と二期下のソノオ中忍、それにナルトより二十ばかり上のヤマナミ隊長とのフォーマンセルが結成された。今まで諸事情から、里に戻ってきたサスケと監視役でもあるカカシと任務を共にすることが多かったが、上忍になりいつまでも慣れたメンバーとだけ任務をこなしていてはダメだという配慮から、この隊が結成された。いずれも今回初めて組む仲間である。しかし木の葉の仲間であることに違いはない。連携に多少の不安はあるが、Bランク任務だ。上忍二人と中忍二人なら多少連携に不安があっても十分に補える。
川の国を出る前に軽く演習し、打ち合わせも十分に行ってきた。細かい修正は国を出てからもちょくちょく行っている。
既に国を出てから三日が経っていた。
「あと、もう少しだってばよ」
疲労の影が見える一行を叱咤激励し歩を進める。
久々の国外任務。
しかも十八になり、上忍になっての初の任務ということもあって、ナルトはいつになく張り切っていた。
二つの峠を越えた時、ナルトは無数の気配を感じた。
どうやら山賊が現れたようだ。
しかし忍の敵ではない。
もちろん油断は禁物だが―――――――。
仲間達とアイコンタクトを交わし、依頼人達を背中に隠す。
現れた山賊はざっと数えて二十。いずれも体格が良く、思い思いの武器を手にしていた。
山賊はお約束の文句を言った。
命が惜しければ宝珠を渡せ。
もちろん、そんな要求を叶えてやる筋合いもない。
ならば、と向こうが武器を振りかざして来たのを合図にナルトは戦闘を開始した。
腕に覚えがあるとはいえ、忍の相手ではない。
しかも上忍になり自信もついたナルトには物足りないくらいの相手だった。
最初に背の高い男の鳩尾に一撃を加え、その隣の男には足を払った後、脳天に踵を見舞った。
そのまま風のように次々と賊をなぎ倒していく。
術を使うまでもない。
仲間達も次々に賊を倒していく。
刹那、目の端に自分たちの間を掻い潜り、真っ直ぐに箱を抱えた宮司に狙いを定め襲い掛かる賊の姿が見えた。
すぐさまナルトは身を翻し、賊の武器が宮司に当たる前に退ける。
「大丈夫か!」
宮司はコクコクと頷いた。
しかし、そのショックで思わず箱が手から滑り落ち―――――――。
木箱の中から宝珠が零れ出た。
「ゲッ」
ナルトは声を漏らし、慌ててその珠を追った。
実際にナルトがその珠を見たのはその時が初めてだった。
転がる珠を追いかけて、手にしたそれはちょうど手に収まるサイズで、綺麗な朱色をしていた。
「それを寄越せ!」
叫びながら賊の一人がナルトに襲い掛かる。
ナルトは男の振りかざした大きな刀を、身体を瞬時に下げて避けながら足を払う。大きな男はバランスを失い傾いた。即座に身を起こしたナルトの回し蹴りが傾く男の顔面に綺麗にヒットする。
男は吹っ飛ばされ、そのまま意識を失うと白目を空に向けたまま大の字に倒れた。
一人かわしても、また一人。
今度は若干細身の男が血走った瞳で叫びながら無数の棘がついた棍棒を振りかざす。
(何だ…)
ナルトは僅かに眉を上げた。
手に持っている珠が妙に熱い。手の平にチリリと焼け付くような痛みが走った。
(これ……)
男の攻撃を避けながら、ナルトはそれをチラリと見た。熱くなっているだけではない。ナルトの手の中でそれは先ほどより光を増しているように感じた。
朱色の光。
ドクンと心臓が跳ね上がる。
(え……)
ナルトの顔に動揺が走った。
珠の熱に反応してナルトの腹が熱くなる。キュウと圧されるような痛みを感じてナルトは顔を歪めた。
(この珠…何だってばよ…)
珠に九尾が反応している。
このままではマズイとナルトは反射的に思った。
早く賊を片付けて、珠を元の箱に戻さないとマズイ事になる。
ナルトは珠を持つ手と逆の手でチャクラの塊を練る。昔はチャクラを放出する係と形態変化を起す係を影分身と分担しなければならなかったが、上忍になった今では片手でそれを作る事ができる。
「螺旋丸――――――!」
ナルトは棍棒を握る男に光の珠を打ち込んだ。
男はモロにその光る珠を受け吹き飛ばされる。その威力は男だけでは収まらず、後ろにいた二人の男をも巻き込み、数メートルに及び吹っ飛ばされると森の巨木に強かに打ち付けられた。
これで残る賊はあと僅か。
だが―――――――――。
ナルトはガクンと膝を床についた。
(何だ?)
身体が熱い。
珠を持つ手から熱が全身に広がっていくような気がする。珠は先ほどの螺旋丸を発した時のナルトのチャクラに反応したのか、より熱を持ち、艶やかな光を纏っている。
「どうかしたのか、ナルト!」
宇佐見がナルトの変化に気づき駆け寄ってくる。
「く、来るな!」
ナルトは叫んだ。
さっきから自分の身体がおかしい。恐らくこの珠のせいだ。
(これ一体……なんなんだってばよ)
熱い。
身体が熱くて堪らない。
この感覚には覚えがあった。
九尾が暴走する時に似ている。
(冗談じゃないってばよ)
ナルトはギリリと奥歯を噛み締めた。
こんなところで九尾を暴走なんてさせたらどういうことになるのか、分からないわけがない。
(絶対に嫌だってばよ)
この珠を早く手放さなければ。そう思うのに、珠を手放せない。
珠を握った手が動かないのだ。
(何で――――――――)
「ナルト!」
宇佐見の叫び声。
その声に反応してナルトは顔を上げた。
目の前に賊の一人が刀を振り下ろしている。その動きがスローモーションのように見えた。
(う、動けない…)
身体が何かに拘束されているかのように動けずにいる。ナルトは迫り来る銀の刃を見つめた。
「ナルト―――――――!」
仲間の叫び声。
その声に応じるかのごとく珠がよりいっそう熱を持ち、ナルトの腹部の痛みが増す。
刃が振り下ろされた瞬間――――――閃光が走る。
赤い光。その光に目の前が真っ赤に染まり、ナルトは目を細めた。
「うわあああ――――!」
宇佐見の甲高い声にナルトはハッとし、顔を上げた。
(俺?生きてる?)
確かに敵の刀を受けたはずなのに、どこも痛みを感じない。先ほどまで感じていた熱も消えていた。身体も動く。
(何だったんだ…一体?)
夢を見ていたのか?
相手はただの山賊だというのに、幻術のようなものに嵌ってしまったのだろうか。
(そんなことよりも)
「宇佐見!」
ナルトは叫び声を上げる仲間に視線を向けた。
そして驚愕に目を見開く。
宇佐見はナルトのすぐ傍にいた。だがその身体は赤い炎に包まれていて―――もがく身体を炎は瞬く間に黒い炭の塊へと変えていく。
「え…う…さみ?」
それはドシャと大地に崩れ落ちた。もはや既に人の形をしていない。本当にただの炭の塊。
これは本当に宇佐見なのだろうか。
ナルトは恐る恐るそれに近づいた。
だが手に触れた瞬間、それは脆く崩れ塊でさえなくなる。
ナルトは何が起こったのか分からず、視線を彷徨わせ、息を飲んだ。
「なっ…」
意識を失っていたのはほんの数秒のはずだ。
それなのに……この惨状は何だ。
宇佐見と同じような炭の塊が幾つもあり、風に吹かれ黒い粉が舞っている。他にも無数に散らばる肉片にナルトは口を押さえた。それは人であった名残を幾つか残しているものの人物を特定するのも難しいほど細かく引き裂かれている。まるで巨大なミキサーにでも掛けられ引きちぎられたようだと思う。
「ぐっ…」
ナルトは跪き胸を押さえた。酸っぱいものが込み上げてきて、胃の中のものを全てぶちまけた。
「なんで……こんなこと…に?」
胸を押さえながら自分に問いかける。
周囲に人の気配が感じられない。おそらく仲間も依頼主も賊も全て炭になったか、あの無残に散らばる肉片にされたか―――――――。いずれにしても自分以外に生存者はいない。これだけは確かだった。そして同時にそれはある答えを導き出す。
「俺が……」
九尾を暴走させ、皆を殺した。
「あ、あ、あ、あ……」
ナルトは自分の腹部を押さえつけ、ガクガクと震えた。
もう二度と解放しないと誓った力。
それなのに力の暴走を止められなかった。
「俺…俺…どうしたら……」
頭が混乱して――――――。
刹那、里にいるサスケの顔が頭を過ぎった。
「サ…スケ……」
やっと取り戻したのに。折角、一緒にいられるようになったのに。
「俺…もう……」
こんなことをして、里に帰ることなんてできない。
やっと上忍になって、夢に一歩近づいたと思ったのに。
「サスケ……」
ナルトは自分のポーチからクナイを一つ取り出し、首に押し当てる。
どんなに辛い時でも死ぬことだけは考えなかった。生きてさえいれば変えられると信じていたから。だけどもう自分ができることはこんなことくらいしかない。
ナルトはゆっくりと瞼を閉じ、クナイを横に引こうとした。
だがその時、何かが足に当たり――――――ナルトは動きを止めた。
「これ……」
それは禍々しい光を放つ朱色の珠。
今にして思えばこの珠を手にしておかしくなかった。自分の中の九尾が激しく反応し、何かが狂わされたのだ。
「この珠は一体?」
ナルトはそれを手に取ろうとして伸ばした手を、すぐさま引っ込めた。触れたことで暴走してしまったらと思うと怖かったのだ。
だけどそのままにもしておけない。
この珠には何かある。
まだ死ねない。この珠が何なのか?どうして自分が暴走したのか?それを知るまではまだ死ねない。
ナルトはギュッと唇を噛み締めた。そしてゆっくりとクナイを下ろす。
「サスケ、ごめん」
どうやら里に帰れそうもない。
この珠は尾獣に何か関係がある。それを突き止めることは人柱力である自分の役目だ。
ナルトは元々この珠が納められていた木箱を探し出した。幸い木箱は無傷に近く、ナルトは手ぬぐいで珠を覆い直接触れぬよう気をつけて元の場所に戻した。
木箱を手にナルトは里の方角に視線を向ける。それから自分にとって大切な木の葉の忍の証である額当てに手を伸ばした。上忍になってつい先日、布を新調した。だが、金属の部分はイルカに貰ったものを今も大切に使っていた。額当についた無数の細かい傷は忍者の誇りだ。この傷の分だけ自分は強くなってきた。
だけど今は―――――ナルトは紐を解き、額当てを外す。そして、それを大地にそっと置いて――――――歩き出す。
夕闇に染まる道。茜色の空を歩きながら、とめどなく溢れ出る涙にナルトは頬を濡らした。
−END−
なかなか痛い話になってしまいました。
本編はもうちょっとコミカルなんですが(汗)
ぜひサスケさんにはナルトを追いかけてもらいたいです。
現在サイトにて連載中の「朱い珠」とこの話の宝珠は同じものです(汗)
話は別進行ですが、どこかで交わる可能性も(笑)