◆第九話 〜花咲ける人形〜
腕の中の柔らかいものに頬擦りするようにそっと引き寄せると、
さらりとした感触の髪が顎の下に当たるのを感じて、
浮上を始めた意識の中、角松はゆっくりと瞼を上げた。
腕の中にあったのは人形だった。
昨日、やっとその正体が明らかになった人形達は、
もそもそと身じろぎしながら、
角松の体温を求めるように体のどこかしらを密着させて、
気持ち良さそうに眠っていた。
小さな頭がひとつ、ふたつ、みっつ。
「……??? みっつ?」
黒いさらさらの髪を、角松の顎にすり寄せるようにして、
眠っている人形は、他の人形よりも少し小振りで、
鮮やかな色合いの大陸を思わせる大胆な柄を配した、
民族衣装を身に着けている。
シャープで上品な顔立ちの人形の目元には、
ほんの少しだけ紅が指してあって、
小さめの口と尖り気味のフェイスラインが、
どこか神秘的な美しさを覚えさせている。
「…如月?」
その人形の正体を角松は既に承知していた。
本体は夜の明けない内にその姿を眩ませてしまっていたが、
代わりにその面影を色濃く映し出した小さな影を、
角松の許に残して行ったのだろう。
恐らく無意識のうちに。
総員起こしの時を遥かに凌ぐ大音量で、
菊池の怒声というか罵声というか…とにかく、
そういう類いの声が艦内に響き渡った。
しかも、最近の様々な出来事が、
彼の怒りを加速させる状態に陥っていて、
怒りにランクがあるとすれば、そろそろ最終段階に突入していた。
「角松! お前という奴は、こんなくだらん物を、
いったい幾つ増やせば気が済むんだっ!?」
「いーじゃん、雅行!
なんかさ、男ばっかの艦の中が、ぱぁっと華やぐねぇ!」
「この新しいのは、かーくん、という。
カーバンクルみたいでなかなかいいだろ?」
新しい人形は角松の頭にぺとりとくっついていた。
そのせいで、ただでさえデカい男が、
二メートル近い生き物と化している。
しかも大陸風の極彩色の衣装は遠目にも鮮やかで、
以前にも増して艦内で角松を見付けやすくしていた。
「いいわけないだろ!
カーバンクルのかーくんのほうが俺は断然好きだ!」
「雅行、突っ込むところ、ソコなの?」
「ぷよぷよには、昔よくストレス解消の世話になったからな。」
「そーいや、そうだったなァ。
何のストレスかは言わなくていいぜ。聞かなくても解ってるから。」
「…雅行、康平。そこで二人して遠い目をするのはやめろ。」
「スネにある馬鹿デカい傷が、さぞ痛むことだろうな、角松。」
「…マジでやばいぞ、洋介。雅行が苗字で呼んでる。」
「とりあえず、目を合わせなければ大丈夫だ。」
「ところで、洋介。
かーくんの頭にくっ付いてるこの小せぇのって何なんだ?」
「ん? 何か付いてんのか?」
角松は頭に乗っかっている無口な人形を、
片手で掴んで目の前に持って来ると、
つむじを掻き分けるようにして見てみる。
すると、そこには小さい豆のような芽が、
まだ葉も開いてない状態で生えていた。
「あ〜、こりゃ駄目だ。
カビをすっ飛ばして雑草が生えて来てやがる。」
「すげー! アスファルト突き破って生えてる草とかはよく見るけど、
人形にってのは初めてだぜ。」
「芽のうちに引っこ抜いておくか。」
『馬鹿か、アンタは! プランツドールから植物を抜いてどうする!』
「なんだ、駄目なのか。」
「わ〜、喋った! かーくんは、こんな声なのか〜。」
「プランツドールから植物(プランツ)を抜くと、ただの人形になるな。
てゆーか、なれ。」
「雅行、なんかそれ、ちょっと大人げねーぞ?」
「プランツドールって確か、
ものすごく世話とかしなきゃならんヤツだろ? 俺は出来んぞ。」
『アンタに世話にならずとも、私の場合は一人で出来る。』
不機嫌そうな貌で角松たちの会話を、
黙って聞いていた大陸の民族衣装を纏った人形が、
珍しく顔色を変えて会話に参加して来る。
この人形は新たに増えた人形として艦内でも注目の的だったが、
特に何も要求せずほとんど喋らないせいで、
周囲にミステリアスな印象を与えていた。
それゆえ、乗員達の興味を更に募らせることとなってしまっている。
「食事も大変なんだろう? 戦時下だから揃えるにも限界がある。」
『ミルクがあればいい。無ければ茶でも構わん。
それもなければ水でも三日は大丈夫だ。』
「いや、そこまで何もないわけじゃないが。」
『内地の人間には解らんだろうが、大陸の環境は苛酷なんだ。』
「…なんか可哀想だな、お前。」
角松自身が直接被害にあったわけではないが、
今まで尾栗を筆頭とする未来乗員達は、
二体の人形の我儘放題に慣らされていた。
それゆえ、控えめを通り過ぎて、
手負いの野生動物みたいな様子を見せる人形に、
なんだか放っておけない気分になって来る。
しかし、他の人形達はそうは思っていなかったらしい。
『プランツドールか…銘入りだな。』
『そうだな。俺達と同格のものだが…。』
『新参者のくせに、高い所から見下ろしおって。』
『俺達を差し置いて、よーすけの頭に乗るなど、気に入らん!』
滝の許に預けられた時にもそうであったが、どうもこの二体は、
互いにいがみ合いながらも目前に敵が現れると、
利害が一致するのか一時的にタッグを組む傾向があるようだった。
「コイツを頭に乗せてるのは、単に一番軽いからなんだが。」
『それじゃ、まるで俺達がデブみたいじゃないか!!』
『痩身美容が必要なほど、我々は食べていないぞ!』
「何言ってやがる、お前らいっつも紅茶やら菓子やら、
贅沢なもんばっか食ってるじゃねぇか。」
『あれは、俺達のためにこーへいが勝手に用意してくれてるだけだ。』
『角松氏、尾栗氏の優しい心遣いを責めないでやってくれ。』
「なぁ、微妙にかばってくれちゃいるけど、
結局それって俺のせいだってコト?」
『こーへい、たとえお前が左遷されてしまっても、
俺達はお前のことを忘れない…。』
『その時は、間違っても化けて出ないで、
どうか大人しく成仏して頂きたい…。』
「馬鹿もん!
お前達が康平をこき使っているのを艦内で知らん者はおらん!
あんまり素行が悪いようなら、本当に海に捨ててしまうぞ!」
『ああ、よーすけ、それだけはっ!!』
『ごめんなさい、角松氏っ! 許して!』
「なぁ、康平。ボケてる洋介は特に突っ込んでいないが、
お前、アイツらに勝手に左遷されてるばかりか、
何気に殺されてしまってるぞ?」
「わ〜〜〜ん! ひどいよ、みんなっ!
雅行、こんな可哀想な俺を慰めてプリーズ!!」
「あいにく俺は、人形に袖にされて泣きつくような奴を、
慰めるような言葉を知らん。」
「何言ってんだよ、雅行! 俺は初めからお前だけじゃないか!」
「その言葉が本当なら、今すぐあの三体…まとめて海に捨ててみろ。」
「え〜!? それは出来ないぜ〜。だって可哀想じゃん。」
「俺は可哀想じゃないのか!?」
「だって、雅行がすっぱり洋介と別れさえすれば、
洋介が何してようと雅行が心を痛めることもないし、
多分、あの人形だって一体減ると思うから、
そうなったら雅行は全然可哀想じゃなくなるよ?」
「そ〜〜れ〜〜が〜〜出来ればっ、
俺だってこんなに苦労しとらんっ!!」
「………じゃ、自業自得じゃん。」
「はぁ!? 今、何か言ったかァ!? 康平!!」
「いいい言ってないっ!! 何も言ってませんっ!!」
角松が両肩に乗る人形にがなり立て、
怒り狂った菊池が尾栗に詰め寄り、
乗員はいつものこととして呑気に笑っている。
少し離れた所から、そんな光景を目にした無口な人形は、
呆れたような溜息をついてボソリと呟いた。
『…この艦、乗員全員がこんな馬鹿ばっかりだったら、
放っておいてもそのうち沈むんじゃないか?』
そして、大陸の香りのする人形は、
自ら救命胴衣の確保を急ぐのであった。
end.
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