◆第十三話 〜双つの魂〜
角松の予想通り、人形達は彼のいる艦橋へとやって来たが、
予想だにしない人物を連れて…正確には、
予想だにしない人物に連れられて、その姿を現した。
「どうした、菊池。お前ら、いつの間に仲良くなったんだ?」
「ままま…雅行? 雅行が、な…なんで? どどど…どうして?」
場の雰囲気に鈍感な角松は、笑ってそう声を掛けたが、
何事にも卒のないはずの尾栗は、
柄にもなくこの緊急事態に声を震わせた。
周りの乗員達も、皆一様に言葉を失っている。
何故なら、そこには菊池雅行と思しき人間が二人いたからだ。
奇天烈だがマニア垂涎の衣装に身を包んだもう一人の菊池…
…と言っても、人形のまーくんだったのだが…
持ち主である角松以外、誰も知らなかったその姿は、
菊池を知る全ての人間を絶句させるほど、
彼に酷似した容姿を有していた。
「雅行が…ふたり?」
皆の心を代弁するかのように、尾栗が呟く。
「誰が二人か! こいつはあの人形のなれの果てだっ!」
『成れの果てだと!? 失礼な男だな!』
「うるさい、貴様は黙ってろ! それより、洋介!」
「なんだ?」
「こいつらがこうなる事を、お前はいつから知っていたんだ!?」
「いつからって、最初からだが?」
「最初からと言うことは、この白いのの時からか!?」
ビシッと指された人差し指の先には、
白い軍服を纏った人形がいて、
指差された当の人形は、鼻白んだ表情で菊池を見ていた。
だが、激昂する菊池とは対照的に、
角松の応えは、実にあっさりとしたものだった。
「ああ、そうだけど…どうしたんだ、雅行。何で怒ってる?」
菊池は怒りのあまり、心配そうに発された角松の後半の言葉を、
右耳から左耳へとスルーさせていた。
それも仕方のないことだった。
目の前で、いけしゃあしゃあと浮気宣言などされたら、
誰だって発狂の一つや二つするというものである。
しかし、長らく鬱屈するものを抱え込んでいた菊池からすれば、
今回という今回は、発狂する程度のことでは気が済まなかった。
それを示すかのように、いつもなら今頃、
雪崩れのように襲って来る菊池の怒声が未だ発せられず、
今日に限って、不気味な静寂に包まれている。
心配そうに見守る乗員の面々など、視界にはない様子で、
菊池はゆらりと角松に背を向け、静かに艦橋を出て行った。
残された乗員達は、言い知れない恐怖に戦慄していたが、
当の角松と人形達はさして気にもせず、
人形達は、邪魔者が消えたとばかりに角松に懐き倒していた。
菊池が去って、一見、嵐は遠のいたかのように見えていた。
しかし艦橋には、菊池の残した低気圧がその姿を変えて、
なんだかとんでもない事になっていた。
「あの…さ、まーくん。もう、そろそろ…その、元の姿に戻らない?」
同じ高さになった人形の視線を微妙に逸らしながら、
尾栗は苦笑して、しどろもどろな様子で声を掛ける。
『何故だ? こーへい』
菊池そのものの姿で、角松の肩に頬を寄せたまま、
菊池みたいなその人形は、不思議そうに尾栗を見詰めた。
尾栗は深い溜息をつく。
確かに、菊池は角松とそういう関係だったが、実際には、
三重苦(同性愛・不倫・職場恋愛…うわぁ不毛!)の関係だったゆえに、
人前であからさまな素振りを見せることは決してなかった。
それが、今はマニア受けしそうな服を着て、
人前で堂々と、角松にべったり張り付いている、
…ように見えるのだ、この状況は。
事情を熟知している尾栗でさえ、気になって仕方がないのに、
他の乗務員が平常心でいられるとは、とても思えない。
現に、ここに居る船務の連中は、さっきからずっと、
ボーッとしてミスをしたり、挙動不審だったりと落ち着きがない。
ここがCICだったら、もっと大変なことになっていただろう。
とにかく、早いトコなんとかしなくちゃな…。
尾栗は、食事時までになんとかしようと躍起になっていた。
今は、それぞれの任に就いて私語を慎んでいても、
昼の休憩になれば、話題に花が咲き、話が大きくなることは必須だ。
それまでに、なんとしても事態を沈静させておかなければならない。
何より、無言で退いた菊池の様子が気になる。
彼の耳にこの事態がどう報告されるのかを考えるだけで、
尾栗は身震いする思いだった。
悔し紛れに、能天気な角松の顔を睨みつけても、罰は当たるまい。
「艦長からも何とか仰ったらいかがですか?」
「何かとは何だ? 尾栗」
「そんな事も解んねーから、菊池の奴が怒るんでしょうよ」
「いや、だから、何が?」
「こんの、馬鹿洋介っ!!」
あまりにも役に立たない角松に、尾栗は思わず怒鳴り付ける。
が、しかし。
思い返してみても、いつだって角松はこうで、
そんな彼に何を言っても仕方がないということを、
尾栗は、よくよく知っている。
やはり、直接人形を諌める他に道はなさそうだった。
小難しそうにしていた顔を、一転、満面の笑みに変えて、
尾栗はあくまで軽いノリで、菊池そっくりの人形に話し掛けた。
「まーくんのその姿ってさ、
本当は洋介にしか見せないもんなんだろ?」
『いや、別にそんなことはないが?』
「やー、でもさ。せっかくそんなキレイなんだから、
好きに人にだけ見せたいとか、普通思うモンなんじゃない?」
『いや、本当は見せびらかしたい』
さすがに本体があの菊池なだけあって、
なかなか言葉で言いくるめるのは難しそうだった。
しかも、微妙に本心丸出しなので、正直、手に負えない。
尾栗が手をこまねいている内に、
角松の右肩に乗る白い軍服の人形が、不満げな声を漏らした。
『だったら、私も見せびらかしたい』
その自己顕示欲は、本体の草加譲りのようだった。
見る間に白い人形は光を放ち始め、閃光が走ったかと思ったら、
次の瞬間には、草加拓海が現れたか…と見紛う姿で、
角松の右肩に縋るようにして寄り添っていた。
人形サイズの時に身に着けていた、
トレードマークのような白い制服は影も形も無くなり、
ローゼンメイデンと名乗った本来の衣装に身を包んでいる。
それは、瀟洒で上質なレースが惜しげもなく縫い込まれた、
中世の子女を思わせる可愛らしいショート丈のドレスで、
美しいデザインと、上品な色合いから、
えもいわれぬ気品が溢れ出していた。
その上、レースたっぷりの、
ふわふわとした帽子のようなものを被っていた為、
例の坊主頭も今は影を潜め、美しい顔がより際立っている。
更に、顎の下で結ばれたリボンが愛らしさを強調していた。
だが、言い換えればそれらは、
もし21世紀に同じような服を着ていたら、間違いなく、
「ゴス○リ?」と後ろ指をさされそうな代物でもあったりする。
しかも、この服装でありながら、
外見が草加そのものなのが、非常にタチが悪い。
当然のことながら、艦橋の乗員達は、
それを目にした途端、わたわたと焦り出し、
先程よりも落ち着きのない状態に陥ってしまう。
事態を修正しようと努力していた尾栗には皮肉なことだったが、
状況は確実に悪化の一途を辿っていた。
案の定、角松の左右から自己主張のぶつかり合いが始まった。
一見、人間のような形になっていると言っても、
所詮は人形なので、互いに身勝手な自己主張を繰り返している。
この騒ぎの間にも、割と静かに角松の頭上で事態を見聞きしていた、
大陸風の民族衣装を纏った人形は、
高い所から艦橋をぐるりと見渡して、軽く溜息をついた。
自己顕示欲の強い他の二体と反して、
この人形は、自己を顕示しないで行う独特の自己主張を持っていた。
ほとほと困った顔で上を向いている尾栗に、チラリと目を遣ると、
存外義理堅い小柄な人形は、
角松の耳元に近付き、小声で何事かを呟いている。
さすがに騒がしさが鼻について来たのか、角松は眉を顰めていたが、
頭上の人形の言葉に興味が引かれたように黙って聞き、
時折、頷いている。
「なるほどな」
そう言って角松は頭上の人形を片手で持ち上げ、懐に抱き込んだ。
突然の出来事に目を丸くする二体の人形達を尻目に、
角松は目を閉じ、しみじみと呟く。
「小さい方が可愛い…」
そして、抱き込まれた人形は、無言で他の人形達に目を遣り、
追い討ちをかけるように、ニヤリと口角を嗤いに歪めた。
単純だが、その効果は絶大だった。
「よーすけ〜! それならそうと言ってくれれば良かったのに〜♪」
「角松氏は、相当な照れ屋さんなのだな〜!」
途端に小さく姿を変じた二体の人形は、
角松の両腕にそれぞれ縋りつき、無駄に猫なで声を上げて、
少しでも可愛く見せようと必死だ。
イマイチ解らない所に笑いのツボがあるらしい角松は、
それが妙にウケたみたいで、
これみよがしに、何度も腕の中の人形を抱き締める。
滑稽な光景を涼しい顔で見渡していた民族衣装の人形は、
角松に頬擦りされながら、深い溜息をついた。
end.
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