Dilanより一部抜粋


「新京には行けない?」


 予定では今日の午後の列車ですぐさま新京に向う予定だった。

 しかし鳴門は列車には乗らず、佐助を大連駅のすぐ傍にあるホテルに案内し……。

 ホテルの部屋に備え付けられた椅子に腰掛け、佐助はこれからの段取りについて報告を受け、声を上げた。

「つうか行かないの。畑中佐からさっき連絡があったんだってばよ」

 畑案山子は佐助の上司で、今回の極秘任務を佐助に命じた人物でもある。肩書きは日本海軍情報司令部中佐で、

現在本土配備についていた。その案山子が佐助を自分の管轄外にある満州に送ったのには理由があった。

 

半年前―――――――。

ある海軍将校が軍の機密を持って脱走した。

その将校が向った先が満州らしいという情報を入手したのが一ヶ月程前のことだ。

佐助の目的はその脱走した将校が現在身を寄せているというテロ組織『暁』の調査である。だが佐助自身は組織などど

うでも良かった。私情だと案山子には言われたが、それでも佐助は組織など関係なく、その脱走した将校を追う必要があった。

何故なら彼――――――団扇李達(イタチ)は佐助の兄だった。

海学校を主席で卒業。全てにおいて常にトップだった李達は異例の早さで昇進し、佐助が学校を卒業し、尉官に任命された

時には既に佐官に昇格していた。

常に佐助の前を進む自慢の兄だった。

その兄が何を知り、何を想い、国を裏切ったのか。

自分にも、両親にも何も告げず、国を抜けこの満州で何をしようとしているのか。

佐助はどうしてもそれが知りたかった。

佐助の上司であり、李達とも付き合いのあった案山子は佐助のそんな願いにチャンスをくれた。

 任務の内容は李達の行動と目的を調べること。

 だが年々関係が悪化している陸軍に海軍の弱みを知られることにならぬよう調査は佐助と特務士官の二人で行うことになっ

ていた。

 特務は諜報と暗殺のスペシャリストだ。

 地の利のない佐助の力強い手助けになるだろうとの案山子の配慮だ。

 現在、日本は皇帝を掲げ、支援するという名目でこの満州をいう国を掌握している。鉄道を拡げ、関東軍を置き、権力を誇示

している。特に自分たちが支配しているという自信からか年々、大きくなる陸軍の態度は目に余る。

この国にも国軍なるものが存在するが、皇帝同様お飾りに過ぎない。

傀儡国家。

大連はその入り口と言える場所だ。いろんな人種の人間がいるが、ここに住むもの達に戸籍はない。

 その為、特定の誰かを探すことが難しい。

「畑中佐の話だとここに暁の支部があるらしいんだってばよ」

「新京じゃないのか!」

「ううん。もちろん。新京にもあるってばよ。来月行われる建国十周年の記念パレードには何か動きがあるだろうってさ」

「だったら、何故!」

 新京ではなく、大連なのか?

「そのパレードのこともあってさ、こないだから新京は警備体制が強化されてるんだって。だからその為の準備はこの大連だ

ろうって」

「なるほど」

 確かに大連なら物資の手配に便利だろう。

 ここで集めて新京に送る。

 それを探る為にひとまず大連に駐留する。

「だから、とりあえずは此処が拠点な」

 ホテルは一般的なものよりは幾分グレードの高いホテルで、部屋は二人部屋。小さな応接セットもあり、十分な広さだ。

「軍人のしかも将校が泊まるのに一般と一緒ってわけにはいかないだろ?」

 特にこの国では。それほど日本軍はこの国で権力を持っているのだ。

 軍服を着ているだけで、フロントの応対も違う。

 同じ尉官だが、支那服を着用し、軍人らしくない鳴門とは全てにおいて大きな差を感じた。

「俺は下の階に部屋を取ってあるから何かあったら呼んでくれってばよ」

「え、一緒じゃないのか?」

 部屋は二人部屋だ。

 てっきり一緒に使うものだと思っていた佐助は目を丸くする。

「ん〜、それでも良いけど。でも俺ってば一応お前の部下だし」

「さっきから敬語なんて全然使ってないだろうが」

 一体、どんな教育をされたんだ、と顔を歪めると鳴門は苦笑いを浮かべた。

「俺ってばお前みたいな教育受けてねえもん」

 確かに特務は同じ士官ではあるが普通の士官とは違う。

「でもさ、一応同じ中尉だし。俺ってば堅苦しいのは苦手なんだってばよ」

 鳴門はそう言って金の髪をボリボリと掻き毟った。

 普通であればそれは絶対に許されない。

 軍の上下関係は絶対なのだ。

 だが正直、佐助もバカらしいとは思っていた。

 能力のない者がただ上官であるというだけで権力を振りかざす。

「いや、好きにしろ」

 今回の任務は二人で行う。

 どちらが上とか下とかもないだろう。

 だが、作戦の決定権、これだけは譲れない。

「それは分かってるってばよ。俺ってば現場派だからさ。そういう小難しいのは苦手だし。作戦とかは全部佐助に任せるって

ばよ」

 鳴門はあっけらかんとした口調でそう言って、笑みを浮かべた。

「じゃあ、佐助は此処で休んでろって、長旅だったんだし。夕食にはまだ間があるしさ」

 部屋に佐助を残して鳴門が出て行こうとする。

「お前はどうするんだ?」

 佐助は驚いて声を掛けた。

「ちょっと情報収集、ま、任せてろって!」

 親指を立てて、鳴門は自信満々に自分を指す。

 どこまでも明るい鳴門に佐助は調子を崩されながら立ち上がった。

「あ、佐助はダメダメ」

「何故だ?」

「だってお前、軍服じゃん」

 軍人が外をうろうろしていたら不審がられるということはないが、ここでは恐れられる。反感を持っている者も多いので情

報収集には向かないのだ。

「ちょっと待って」

 鳴門はまるで忘れものでもしたかのような口調でそう言って、突然、佐助をぎゅっと抱き締めた。

「て、てめえ!何をしやがる!」

 佐助の強烈な右の拳が鳴門の頬に炸裂する。

 モロにくらった鳴門は思い切り壁に吹っ飛ばされた。

「何、すんだよ!」

「それはこっちのセリフだ!このウスラトンカチ!」

 佐助は肩を怒らせ、顔を真っ赤に染めてそう叫んだ。

 その言葉に鳴門は頬を摩りながらキョトンと首を傾ける。

「いや…服のサイズを調べようと思っただけだけど……」

「何?」

「だから、服のサイズ。今こう腕で測ったんで大体分かったけど……」

「だったら最初からそう言え!」

 いや、そもそも腕で測る必要があったのか?

 サイズを聞けば良かったのでは?

「悪りぃ。この辺の服ってすっげえ適当だから。サイズなんてあってないようなもんだし、いつも感覚で買うからさ」 

 鳴門はヨイショと立ち上がり頭を下げた。

「すみません」

「もう、良い。分かったからさっさと行け」

 そう言うと、鳴門はホッとしたような顔をした。

「じゃあ、行ってくるってばよ!」

 明るい声を残し鳴門が部屋を出て行く。

パタンと閉められた扉を見つめながら佐助は呟いた。

「何だ…あいつは……」

 自分の胸を押さえ、そう呟く。

突然のことに驚き、心臓が激しく音を立てていた。

顔が熱い。

「本当に特務か、あいつは……」

 あんな奴が本当に精鋭の特務士官なのだろうかと思う。

 特務のイメージは黒。近しいものとしては影だろう。

 日の光の当たらぬ危険な現場で活躍する影の兵士。

(あいつに影なんて程遠いな)

 むしろ――――鳴門から受けるイメージは光だ。

 キラキラと光る金の髪に空を映したような青い瞳。しかし一番問題なのはあのガチャガチャした性格。あれで特務とは

大丈夫なのだろうかと勝手に心配してしまう。あいつは特務でもかなり型破りな存在だろう。

 いや、軍人としてもだ。

 屈託のない明るい笑顔。

 鳴門の笑顔を思い出し……。 

佐助は久しぶりに明るい笑顔というものを見た気がすると思った。

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