愛の嵐 上編より 一部抜粋


 

「なあ、一つだけ聞いていいか?」

 佐助の声に鳴門は手を止めて顔を上げる。

「お前さ…なんで学校では寄ってこないんだ?」

 その言葉にギクリと鳴門の胸が音を立てた。別に避けていたわけではないのだ。ただ学校に通い始めて、

家とは違い、どう接したら良いのか分からなかっただけ。

佐助は面倒見が良いから甘えればいろいろ世話を焼いてくれただろう。今だって文句も言わず自分の勉強を

見てくれている。親に言われたからと言って、自分のやりたいこともあるだろうし、こう毎日では嫌になっても

おかしくない。だけど佐助は毎日嫌そうな顔もせずに付き合ってくれる。

佐助は優しい。

だからその優しさに甘えて学校でまで面倒を掛けるのは嫌だった。

 学校では使用人とかそういうのもなくて、ただの同級生でいたい。

「え。べ、別に」

「必要以上に話さないようにしてるだろ?」

 ギロリと向けられた視線に鳴門は頬を引きつらせた。

「そんなことないってばよ。でもほらいろいろあるじゃん……」

「いろいろって何だ?」

 鳴門は俯いた。

 自分なりに事情はいろいろあるのはあるのだが、言うと佐助の怒りを買いそうだ。

 チロリと見上げれば、口をへの字に曲げた佐助の顔があった。

「だってさ…お前、俺のご主人様だから…」

 佐助の眉間に皴が寄る 

「ご主人様っていうか、ご主人様の息子なんだけど…でもやっぱ人目のある所では…そのあんまり馴れ馴れ

しくして良いものなのかな…とか。俺は俺なりにいろいろあるんだってばよ!」

一応、自分なりに気を使っているのだ。

何せ自分が普通と違うことを鳴門は理解していた。

この青い瞳と髪の色のせいで嫌な思いをたくさんしてきたから。

佐助は自分にないものをたくさん持っている。

綺麗な黒い髪、真っ直ぐな瞳。勉強も運動もできて、裕福で優しい両親と兄がいる。この辺りの大地主である

団扇家の御曹司である佐助は皆が一目置いていた。

 そんな佐助と一緒に暮らしているが、立場は違う。

「お前はどうしたいんだ?」

 佐助は筆を横に置くと神妙な眼差しを向けた。

「どうしたいって……」

 だからと言って佐助と距離を置きたいとかそういうんでもない。

「学校くらい普通で良いんじゃねえか。俺もその方が楽だし」

「でもよ」

 佐助はたいしたことのないように言っているが鳴門はどうして良いか分からなかった。

 そう言ってくれるのは嬉しい。

 だけどそれで良いのだろうか?

「バカ。俺が良いって言ってんだから良いんだよ。様づけされるのは好きじゃねえ」

「じゃ…じゃあ。さ…すけ…」

 鳴門は戸惑いがちに佐助を呼んだ。何だか妙に気恥ずかしくて最後の方は消えてしまいそうなほど小さくなって

しまった。 

「聞こえねえな」

 佐助が口の端を上げてそう言った。

「お前…面白がってるな」

「当たり前だ。来た早々俺を風呂に突き飛ばしたクセに今更なんだよ」

 確かにそう言われると身も蓋もない。

 思わず顔を見合わせ二人はプッと噴出した。

 柄にもなくいろいろ考えすぎて空回りして……。自分らしくない。

 だけどその理由は分かっていた 

 佐助が大切だから。

 生まれて初めて家族以外で何の臆面もなく自分の手を握ってくれた。

 佐助は自分にとって特別な存在だ。

「バーカ」

 笑いながら佐助が言った。

「何だよ!さっきから人のことバカバカって!」

 そう言いつつ鳴門も笑う。

 何だか一度笑い始めると止まらなくなってしまった。

「バカだろ。ほら、もう一回ちゃんと言えよ」

「よーし、良く聞けってばよ」 

 鳴門は思い切り胸を張る。別に威張って言うことでもないのだが、何となく勢いが必要だった。

 最初会ったときは平気だったのに、今は妙に恥ずかしさが先立って……。

「佐助」

 顔が熱くなった。

「ウスラトンカチ、何でそこで照れるんだよ」

「うるせえ。お、お前だって」

 佐助の顔も赤くなっていた。                                                                                                

「明日……学校が終わったら一回帰って何か持っていくから」

「うん」

「お前は先に猫んとこ行ってやれよ」

「分かったってばよ。佐助」

 もう一度呼んで……鳴門は胸が熱くなるのを感じた。



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