雪の華 一部抜粋

人は昔から妖と戦ってきた。

 妖は人の心を惑わし、堕落させる。そして殺め、魂を食らうのだ。

 何千年もの間、人は妖を何とか退けようとあがいてきた。

 だがしかし十六年前、妖は強い力を持つ王を得て、より強大な力で人に災いを振りかけてきた。

妖の王である天魔の力は凄まじく、人は為す術もなかった。たちまち国は荒れ、人々は病や欲望に侵され次々に死んでいく。

 賑やかな街はともかく、少しはずれた田舎では腐臭が漂い、いつもどこかで死者を送る火が点されているような状態だった。

 だが街もいずれは……時間の問題だろう。

 天魔が吹かせる疫病の風はもうすぐそこまで来ていた。

 このままではこの世界に人がいなくなる。

 それを恐れた神は五人の道士と五つの神具を与え、この世界に使わした。

 この神具で妖の王の力を九つに分散し、封印する。

 だがそれには「風」を司る一族の肉体を媒体とする必要があった。

 実体を持たぬ妖の王を封印する為には神具だけでは駄目なのだ。

 妖を入れる器が必要。

 そして器に入った妖に神具にて術を掛ける。

 それが唯一の方法だと道士は言った。

 道士の名は
 
 ここ数年続いている疫病に頭を悩ませていた王は道士の言葉に従った。

 確かに王の選択は正しいと佐助も思う。

 雪が覆い真っ白になった道を、息を潜めて進みながら佐助は冷たくなった唇を噛み締めた。

 国王である父のことを佐助はとても誇らしく、尊敬していた。

 妖に悩まされてはいるものの、王は常に人を想い、民の為に尽力をつくしてきたのを間近で見ていて良く知っている。

 自分が同じ立場なら、やはり父と同じ道を選んだだろう。

 駁を始めとする道士達に未来を委ねるのは癪だが、それしか方法がないというのなら致し方ない。

 そう思うのに、何故自分は父を裏切る行動をしようとしているのか。

 手に実戦では一度も使用したこともない剣を握り締めて、佐助は息を吐いた。冷たい空気に触れ息が白く曇る。

 佐助が生まれた年、天魔がこの世に現れた。

 そのせいか今年、十六になる少年の中から器となる者が選ばれた。

何故、あいつなんだと佐助は幾度となく思った。

今年十六というのなら自分だってそうだし、今、行動を共にしている仲間が選ばれていた可能性もある。

その中からあいつが選ばれた。

 今、あいつはまるで囚人のように全身を鎖に拘束されて、城の奥にある塔の最上階に幽閉されている。

(鳴門…)

 金色の髪に青い瞳をした、その色彩に負けないくらい明るい笑顔の親友を思い出し、胸が痛んだ。

 鳴門は佐助の幼馴染だった。

 風を司る神官の息子で、十六年前に天魔が現れた際、妖に立ち向かい命を失った英雄の息子でもあった。

 早くに両親を失った鳴門は佐助と兄弟同然に過ごしてきた。

 良く喧嘩もしたが、一緒にいるのが楽しかった。

 大切な親友。

 これからもずっと一緒に国を守っていけると信じていた。 

 

「なあ、佐助」

 佐助が十六になった日の夜、鳴門がおもむろに言った。

「俺さあ、お前のこと好きだってばよ」

 祝いの席を抜け出して、二人で城の庭を散歩していた時だ。

 人気のない庭に月が綺麗な光を落としている。そんな中、いつになく真剣な鳴門の顔に佐助は心臓が鷲?みにされた

ような衝撃を受けた。

「何を、突然」

 佐助は戸惑いながらそう呟いた。

 顔が熱く火照ってくる。そんな自分の様子を知られたくなくて、佐助は顔を背けた。

「今更」

 嫌いな奴とずっと一緒にいられるほど器用じゃない。ましてや一緒に居たいなどとは……。

 すると鳴門は口をヘの字に曲げて首を横に振った。

「そうじゃない。そうじゃないんだってばよ」

 鳴門はグッと佐助の肩を掴むと自分の胸に引き寄せた。

 抱き締められ、佐助は息を飲む。

「な、鳴門っ」

 思わず間の抜けた声を上げてしまう。

 心臓がこれ以上ないくらい激しく音を立てていた。

 鳴門の鼓動も伝わってくる。

「俺は…親友としてじゃなくて…お前のこと……」

「鳴門…」

「分かってるってばよ。お前は王子様だし、こんなこと言っちゃ駄目だって分かってたけど……」

「別に王になるのは俺じゃない」

 佐助には優秀な兄がいる。

 後継者は文句なしに彼と決まっていた。

 だからと言って自由にできる身分でもない。

 この国で十六は成人として認められる歳だ。

 見合いの話もちらほらきていると聞いていた。

 何せこのご時世だ。兄や兄の子に何かがあった場合のことも考え、血をより多く残そうとするのは当然のことだろう。

 相手は必然的に決まってくる。

 基準となるのは身分や地位などで自分の意思など無関係だ。

 神官の子である鳴門が女なら問題ないが、子を成しえない男では当たり前だが対象として除外される。

 許されるわけがない。

 そう分かっているのに鳴門の告白に胸が熱くなった。

 ゆっくりと近づいてくる唇に瞳を閉じる。


 それは鳴門が器となる神託を受ける二ヶ月前のことだった。



「聞いたか、佐助!」

 同じ歳だが、文官として城で勤めている鹿丸が馬の稽古を終えたばかりの佐助の元に駆け寄ってきた。

「あっと、佐助様」

 鳴門と同じく産まれた頃からの付き合いの為、つい呼び捨てにしてしまいがちだがここには他の目がある。

即座に言い直し、鹿丸はうやうやしく佐助に頭を下げた。それから佐助の耳元に口を寄せた。

「例の生贄が決まったらしいぜ」

 声を潜めて言う鹿丸の言葉に佐助の鼓動が跳ね上がる。

 今日知らされることは父に聞いていたが、誰になったのかは知らない。

 一時的にせよ、あの天魔の器になるのだ。無事で済むわけがない。その後、道士達がどういう風に神具を使い、

強大な力を持つ妖の王の力を分けて封印するのか?

 どちらにせよ、器を生贄と呼ぶのは間違いではないだろう。

 おそらく儀式の後、器に選ばれた者は生きていない。

 こんなことを思うのは不謹慎かもしれないが、できれば近しい者でないことを佐助は願った。

「誰だ?」

 だが、先ほどから妙な胸騒ぎがする。

 鹿丸が何故、わざわざ自分の元に駆けつけ知らせようとしてくれたのか?

 それは選ばれた者が佐助にとって近しい者であるからに他ならない。

 そうでなければ自身もまだ仕事があるだろうに、こんな所に来るはずがない。

 心臓が激しく音を立てる。

 鹿丸は顔を歪めると、言いにくそうに呟いた。

「鳴門だ」

「何?」

「だから鳴門に決まった」

 一瞬、聞き違いではないかと思った。だが鹿丸の顔がそうではないと告げている。

「鳴門?」

「ああ」

 鹿丸は眉を寄せ、悔しげに唇を噛み締めた。

「本当なのか?」

 冗談で鹿丸がそういうことを言うタイプでないことは百も承知で佐助は尋ねた。できることなら否定して欲しかった。

 違うと悪い冗談だと――――――。

 鹿丸が頷く。

 刹那、足元に黒い闇が広がっていくような錯覚を覚えた。


 気がつけば夢中で走っていた。

 鳴門は幼い頃より城の敷地内にある神殿で司祭と共に暮らしていた。司祭は七十を越える高齢だが、後を継ぐはずだった

鳴門の父親が死んでからは代わりの者が決まるまでの間と現役を続けている。

 父親の師であったという司祭は鳴門を実の孫のように可愛がっていた。

 佐助は神殿の門をくぐり、彼の住居である離れに向かう。

 その途中で庭の掃除をしている鳴門を見つけた。

「あれ?佐助」

 明るい口調でそう言って、鳴門は右手を上げた。

「どうした?」

「ど、どうしたじゃねえ!」

 猛スピードで走ってきた為、息を切らしながら佐助はそう叫ぶように言った。だが鳴門の方は佐助が何をそんなに慌てて

いるのか判らずキョトンとした顔で首を傾ける。

 その表情に佐助はハッとした。

 まだ聞いていない可能性があることを忘れていた。

 城にいる佐助や鹿丸は誰よりも早く情報を知ることができる。だが鳴門にはまだ伝わっていないということも十分考えられ

た。

 佐助はグッと息を飲み込んだ。

「何だってばよ!叫んだり、黙ったり。変な奴だな」

「う、うるせぇ!」

 簡単に言える内容ならこんなに息を切らし、走ってきたりはしない。

 だがどう言えば良いのかも分からなかった。

 大切な親友に「生贄に選ばれました」なんて言えるはずがない。正確には『生贄』ではないかもしれないが、例え言葉を

『器』と変えた所でそう変わらない。

 佐助が言葉を探していると、司祭が引きつった顔で二人の元に現れた。


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