オレの秘密の七日間2 サンプル1


 朝食の後、ナルトは奥さんからおつかいを頼まれた。

 明日のコンテストの際に髪につける簪が完成したので取りに行って欲しいというのだ。

 ナルトは快く了承し加賀屋を出た。

 奥さんに貰った地図を見ると簪屋は街道沿いの大通りにあるらしい。

 週末ということもあり、大通りはかなりの人で賑わっていた。

 人の間を縫って歩きながらナルトは不穏な気配に気づいた。

 誰かが自分を尾行している。

(この感じは忍じゃねえな)

 感知タイプではない自分がはっきりと相手の気配を感じるのだ。

 相手は必死に姿を隠しているようだが、忍である自分からすれば人ごみの中にあってもどこにいるのかは一目瞭然だ。

(しばらく様子を見てみるか)

 忍でないから考えがある。

 間もなく目的地に付く。

 街一番の簪屋だというその店は直ぐに見つけることができた。大きな表屋造りの屋敷に紫紺の暖簾。暖簾には白抜きされた文字で店名が記されていた。

 ナルトはメモにある店名と同じであることを確認する。

 自分の動きに反応する影の存在を感じながら、ナルトは紫紺の暖簾を潜った。

 

 

 

 ナルトを見て、簪屋の店員は訝しげに顔を歪めた。

 使いが来ることは聞いていたが見覚えのない男に警戒心を露にする。

 ナルトは奥さんから預かってきた書類と手紙を手渡すと、ようやく安心したのか店員はホッと胸を撫で下ろし、ナルトに席を勧めると店の奥へ注文の品物を取り消えた。

 待っている間、ナルトは意識を暖簾の外に向けた。

 どうやら中まで追ってくる様子はない。

 だが、おそらく外で待ち伏せしているに違いない。

 何の為に――――など聞かなくても分かっている。

(目的は簪か?)

 店を出た所で簪を奪うつもりなのだろうか?

(そうはさせないってばよ!)

 もちろん渡すつもりなどサラサラない。むしろ、奪いに来たところを返り討ちにしてナルトは背後にいる者の存在を聞き出すつもりにしていた。

 動いているのは島根屋か?それとも越後屋か?

 いずれにしても許せるものではない。

(さて、どうするか?)

 考えながら指を絡み合わせる。ポキッと間接が音を立てた。

「お待たせしました」 

 そう言いながら店員は藤色布包みにくるまれたものを持って戻ってきた。

 うやうやしく座ると包み置いてゆっくりと開いていく。中には木箱が一つ。上蓋を取ると美しい簪が姿を現した。店員は確認するようナルトに促す。

「如何でしょうか?」

 朱塗りに蘭の花が描かれた簪。手描きの蒔絵に見事な螺鈿細工がとても美しい。その隣には同じ装飾が施された櫛が並んでいた。

「綺麗だってばよ」

 どれが良い簪かなどということは分からないが、とても良質な物であることは分かる。

 店員は小箱を藤色の布包みに包むとナルトに差し出した。

 それを恭しく受け取り、書類にサインをする。

「では、確かに」

「おう!分かったってばよ!」

 玄関先まで店員に見送られ、ナルトは店を出た。

 

 店を出て数歩も歩かない内に突然知らない男二人組みがナルトの前に現れる。

 その二人はまるで芝居小屋の黒子のような黒装束に顔を全て覆った黒頭巾という奇怪な格好をしてナルトの前に現れた。

「何だ?」

 驚くナルトに黒子の一人が頭を下げる。

「加賀屋さんの所で用心棒をなさっている方ですね」

 黒子がナルトに問いかける。声の感じからして若い男のようだが、ココに来た初日に遭遇したチンピラどもとは違いどこか品の良さを感じる。

 しかし何故、黒子?

 そう思っているのはナルトだけではないようで道を歩く人が皆、突如現れた二人の黒子と金髪の青年に驚いて立ち止まる。

 完全に注目的だ。

「え、ああ。そうだけど……

 周囲の視線に恥ずかしさを感じながら答えれば突如、黒子に手をギュッと握られた。

「どうか、御願いです!」

「我々と一緒に来て頂けませんか!」

「はあ?」

「「御願いします!」」

 二人の黒子はそう言うとガバッと地面に膝を付き盛大に土下座をしてくれた。

 周囲からクスクスと笑う声が聞こえてくる。

 芝居か何かの練習だと思われているのだろうか?

 とにかく、黒子の土下座なんて悪目立ちしすぎである。

「わ、分かったってばよ。話は聞くから、とにかく立ってくれってばよ」

 先ほどの簪屋の店員まで店の外に出て来てこちらに視線を向けている。

 ナルトは顔を赤く染めながら二人の黒子に立つように促す。

 立って、それから移動したい。

 少なくとももう少し人目に付かないところに……。 

 すると黒子は差し出されたナルトの手を握り締め立ち上がると「ありがとうございます」と声を震わせた。

 

 

 二人の黒子に連れられ訪れた先にナルトは驚いた。

 『島根屋』の暖簾が掛けられた店を横切り、その裏手に案内される。

 島根屋の屋敷は加賀屋より一回り大きかった。店舗のある表とは違い裏には小さな勝手口が一つ。黒子はその小さな扉を開けてナルトに恭しく頭を下げた。

 勝手口から中の様子は伺えない。

 訝しげに見つめるナルトを黒子は中に促す。

(なんで島根屋が……

 不審に思いながらナルトは頷いて足を踏み出し小さな門を潜る。

 中に入ったら屈強な男達が待ち受けていて自分を待ち構えている――――可能性は充分に考えられる。

 囲まれたからと言って、自分には対処できる力がある。

 だが、『忍』だとバレずに逃げおおせる自信はなかった。

(くそっ)

 歯噛みしつつ、視線を巡らせる。

 しかし、ナルトの予想に反し、静まり返った庭に人の姿はなかった。

(あれ?)

 拍子抜けだ。

 広い庭には人っ子一人いない。

「こちらです」

 呆気に取られているナルトを黒子の一人が呼ぶ。

 どうやら黒子が案内しようとしているのは離れのようだった。

 茶室として設けられたそこは屋敷とは違い、田舎屋風の趣がある。二畳ほどの小間の下部にはにじり口がある。狭い入り口を潜ると中は四畳半ほどの和室になっていた。

 部屋の中央に紺色の着物に華やかな桜の花の模様をあしらった着物に身を包んだ少女が座っている。少女は湯釜から柄杓を用いて、茶色の茶碗に湯を注いでいた。

 ゆっくりと少女の瞳がナルトに向けられる。

 とても美しい少女だった。腰まである長い黒髪。同じように黒い澄んだ切れ長の瞳と白い肌。

 アユも大きな瞳に金茶色の髪のとても可愛らしい少女だが、こちらは美しいといった表現が似合いそうな美少女だった。

 一目で彼女が福娘候補である島根サクラコであると分かる。

(なんだ?)

 アユとはライバルであるはずの彼女が自分に一体何の用があるというのか?

「初にお目にかかります」

 少女は澄んだ声でそう言うと、床に指をついて丁寧に頭を下げた。

「あ、はい。どうも」

 ナルトも慌てて膝を折り、頭を下げる。

「島根サクラコと申します」

「サクラコさん」

「サクラコとお呼び下さい」

「えっと。、じゃあサクラコ。こんなこと聞くのも変なんだけどよ……

 優美に微笑む少女から悪意のようなものは感じられない。

 ライバルの用心棒を呼びつけて何をしようというのか?

「お聞きになりたいことは分かっています。でも少しお待ち願えますか?」

 サクラコはそう言うと茶碗の中のお茶を丁寧に茶筅でかき回す。中の抹茶を均一に分散させるとサクラコは茶をナルトの前に差し出した。

「あ、どうも」

 とりあえず礼を言って見たもののナルトは抹茶の入った椀を見つめたまま苦笑いを浮かべた。

 どうしたものか?

 形式ばった茶道の作法なんてまるで分からない。

(たしか茶碗を回すだっけ?)

 テレビドラマか何かで少し見たことがあるような気がするが、よく思い出せない。

 手を出しあぐねていると、サクラコがクスッと笑みを浮かべた。

「お気になさらず自由にどうぞ」

 そう言って両手で椀を持ち上げてナルトの目の前に掲げる。

 ナルトはそれを受け取って小さくお辞儀をすると椀を傾けた。

 ほろ苦いお茶が口いっぱいに広がる。

「茶菓子もどうぞ」

 顔を歪めたナルトにサクラコは茶菓子を勧める

 白い砂糖を塗したコロリと丸い餡餅だ。指で摘んでポンと放り込みたい所だが一応、添えてある櫛を使って少しずつ口に運んだ。

 抹茶の苦味に菓子の甘さがとてもよく合う。

「これ、うめぇ」

 思わず声を漏らすとサクラコは餡餅のお代わりを勧めてくれる。

 結局、ナルトは餡餅を三つ平らげ、お茶も綺麗に飲み干した。

 一息ついて、改めてサクラコに視線を向ける。

 歳はアユと同じくらいだろう。だが持っている雰囲気がかなり大人びている。

 落ち着いた雰囲気を醸し出しているサクラコにナルトは率直に問いかけた。

「加賀屋が受けてる嫌がらせのことだけど……

 ナルトの言葉にサクラコの顔から笑みが消える。

「私ではありません!」

 先ほどまでの穏やかな雰囲気が一変してサクラコは眉間に皺を寄せると、鋭い眼差しをナルトに向けた。

 整った顔立ちをしているせいか、その迫力にナルトは一瞬たじろぐ。

「私はそんなことしません。信じて頂けないかもしれませんが……。アユは親友です。親友だからこそ正々堂々と戦いたい」

 サクラコの言葉には強い意志を感じられた。

 そして深い怒り。そして……悲しみ……

「ですが、周りは……違います。今回の福娘コンテストは今までとは違って利権が絡んでいるのも存じております」

 サクラコはそっとナルトを手を握り締めると、先ほどより悲しみが深くなった瞳を向けた。

「私も初めはお父様の仕業かもしれないと思っておりました」

 この福娘コンテストにアユが欠場することで一番得をするのはサクラコであり、島根屋であることは明白だからだ。

 しかし、職人気質で今まで何でも加賀屋とは競い合って来たが、正々堂々と肩を並べてきた父が陰湿な嫌がらせを繰り返すような真似をするとはとても思えなかったのだ。

「それで私調べてみました」

 父の気持ち。父が本当に形振り構わず利権を欲しているのかを――――

「父でもありません」

「なるほど」

 ナルトは「うん」と深く頷いた。

 最初にアユに絡んだチンピラは越前屋の手の者だった。

 越前屋に島根屋は借金がある。

「お恥ずかしいことですが」

 サクラコは瞳を伏せる。空っぽになったナルトの椀を手元に引き寄せ、柄杓に手を伸ばす。

 その手が微かに震えているのにナルトは眉を寄せた。

「借金は私の為なんです」

「あんたの?」

「ええ。私が去年の春流行病に掛かりまして……

 奇跡的に命は取り留めたものの高額の薬に莫大な借金を要したと言う。

「この店は先祖代々引き継がれてきたもの。職人も大勢おります」

 娘の医療費を出す為に店を潰す為にもいかず、旦那は古からの知人である越後屋に金を借りた。

 他よりは低金利だという話だが、その金額は直ぐに返せるという金額ではないらしい。

 そんな折り、越後屋からサクラコを嫁に欲しいという話が上がった。

「あの人が昔から私に気があったのも存じておりましたし……

 サクラコはそっと着物の裾を捲り上げた。

 白い左腕の肘の少し上くらいにうっすらと残る赤い発疹の痕。

「これでも他の方に比べれば痕が残らなかった方です」

 発疹の痕が残っている範囲はそれほど広いものではない。肘の上くらいから肩口に掛けてうっすら残る小さな粒の痕は良く見なければ分からないほどだ。しかし年頃の娘のはこの痕は心に辛く残るだろう。

この先、サクラコが短い袖の服を着ることはないろうと思った。 

「この痕を見ても嫁に欲しいと言ってくれました」

 婚約を決めたのは決して借金の為ではないとサクラコは言った。

「ただ気になるのは……

 福娘コンテスト。

 島根屋の利権は越後屋にとっても美味しいものであるのに違いない。

「越後屋は二人の忍を雇ったとか」

「忍び?」

「ええ。木の葉だと聞いていますが、額あては見受けられませんでした」

 忍は余程のことが無い限り額あてを外さない。額あてに記された印はその里の忍であることを証明をするのに必要とされるからだ。

 額あてをしていないと言うことは……

(抜け忍か?)

 もしくは忍としての教育は受けたものの忍にはなれなかった者。

 学校を卒業しても全ての者が忍になれるわけではない。

 忍になれなかったものは大抵、普通の生活を送っているものだが、中には里の外へ出て用心棒などの仕事を請け負っている者もいる。

(それだったらあのショボさも納得できるってばよ)

 見た目は中々のものでどんな威力があるかと思っていたのに、実際は大したことのなかった爆弾を思い出す。

 抜け忍か忍びくずれかは分からないが何れにせよ雇っているのは越前屋のようだ。

「私からもお願いしましたが越前屋は聞く耳を持ちません」

 サクラコはそっと白い手をナルトの手に重ねた。

「どうかアユを守って下さい」

 明日の本番までもう時間がない。

 こうしている間にも何を仕掛けてくるか分からない。

 サクラコがそっと白い包みを取り出す。

 中には一枚の小判が入っていた。

「これが私の今、自由になるお金の全てです」

 高価な小判をナルトに握らせて、サクラコはキュッと唇を噛み締める。

「これでどうか……

 ナルトは頷いた。

 頷いて、サクラコに包みを押し返す。

「受け取れねえってばよ」

「でも」

「加賀屋の旦那には食事も宿もお世話になってるし、これ以上貰ったら罰が当たるってばよ」

 それに今回は依頼による任務ではない。

 あくまで善意。それが重要なのだ。

「あんたも明日は頑張れよ!」

 そう言うとナルトはサクラコに背を向ける。

 にじり口から外にでると二人の黒子が待機していた。

「お送りします」

「良いって、良いって」

 黒子になんて送ってもらったら目立ちすぎる。

 ナルトはオロオロする黒子に手を振って島根屋の屋敷を出た。


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