騒ぎに紛れ、三人はその場を後にした。
「どこへ行くんだ?」
場所を変えると言ったが……佐助は迷うことなく自分の前を行く鳴門に問いかけた。
しかし鳴門はチラリと佐助の方に視線を向けだけで何も言わずに歩いて行く。
(ついて来いということか……)
正直、その態度は勘に障ったが、今は致し方ない。
分からないことが多すぎる。
(だが、こいつは何かを知っている)
先ほど兄が言っていた『宝珠』というもの。それはこの巻物に関係のあるものなのだろう。
こいつはそれを追っている。
そしてそれは兄が持っている可能性が高い。
だから鳴門は暁を追っているのか?
「佐助」
最初に会った蕎麦屋の傍で鳴門が足を止めた。
「入るってばよ」
そう言ってクイッと親指を店の方角に向かって立てる。
「入るって」
蕎麦屋にか?
さっき食べた所なのに、また入って行っては怪しまれるのでは?それでなくても二人ともお尋ね者なのだ。店主とて何も言わないが気づいていたはず。
訝しげに指の先を見つめる佐助に鳴門は不思議そうな顔をする。そして自分の思っている方角と違うことに慌てて手を振った。
「違う、違う。その隣」
「隣?」
佐助は言われたとおり視線を蕎麦屋の隣に向けた。小さな茶屋の看板が見える。
「あそこ、二階に個室があるから」
鳴門は笑顔でそう言って佐助の腕を掴んだ。
「おいっ」
「行くってばよ!」
突然の事に佐助は慌て声を上げる。だが鳴門はお構いなしで佐助の腕を掴んだまま歩き出す。そんな二人の後ろで彩は呆れたようにため息を零した。
この町に来て、何度か利用しているのだろう。
茶屋に入ると恰幅の良い娘が愛想良く三人を迎えてくれた。
「奥を頼むよ」
「分かったよ」
鳴門の言葉に豪快に笑って鳴門達を二階の奥の部屋へと案内する。部屋を出る時、娘はチラリと佐助に視線を向けて頬を赤らめた。
「何だよ。佐助がちょっと男前だからって」
襖を閉めながら鳴門がぼやく。拗ねたように頬を膨らませ、口をへの字に曲げた。
「全く。相変わらずチン○が小さいね。君は」
彩が呆れたように呟く。
「うるせえ!お前は黙ってろってばよ!」
その言葉に鳴門はますます不機嫌になり顔をプイッと横に向ける。
「小さいものを小さいって言っただけだけど?」
一方、彩はますます臍を曲げた鳴門に、自分の言葉の何が悪かったのか分からないとばかりキョトンとした顔で首を傾けた。
(何だ、こいつらは?)
彩の歯に衣も着せぬ言い方は褒められたものではないし、鳴門にいたってはまるで図体ばかりが育った子供のようだ。
(ますます分からん)
こんな奴が本当にお尋ね者なのかと思う。
しかも『暁』に関して自分があの日から血眼になって得た情報以上のものを鳴門は知っている。
(こんな奴が……)
佐助はギリリと唇を噛み締めた。
「それで……さっさと説明しろ」
思い出すのはほんの少し前の出来事――――――――。久々に会った兄はもはや兄ではなかった。
奇妙な術を使い、火を起こした。
術によって道場は燃やされたのだと容易に想像がつく。
しかもあの様子では術によっておこした火を操れるのだろう。
屋敷が業火に包まれながらも、道場は最後まで燃えていなかった。
それは兄があの道場で粛清を終え、探していたからだ。
今、佐助の懐に仕舞ってある巻物を――――――――。
探し終えた後で一際大きな火で屋敷を燃やすつもりだったのだろう。
そして何もないことが分かり……。
道場も屋敷も全て炭となるだろう。
後からは無数の死体。
しかしそれも炎に焼かれ、数も分からずに埋葬される。
まるで妖怪だと佐助は顔を歪ませた。
兄に何があったのか?
少なくとも兄が両親を殺害したあの頃はあんな術など使えなかった。
兄の所業に驚いたが、それ以上に驚いたことは李達が鳴門を知っていたことだ。
「さっきの宝珠というのは?」
「ああ、それね」
鳴門が佐助の胸元を指差す。
「そこに書いてあるってばよ」
「ここに?」
佐助は懐の巻物を取り出した。
この巻物ならここへ来る途中、全て目を通していた。
だが道場主や兄が欲しがるのか、読んだ後でも分からない。
何故なら巻物には絵物語が書いてあっただけだからだ。決して現実の事とは思えぬ想像の物語。
巻物にはこう書いてあった。
はるか昔、妖の王が現れ人間に災いを起こしたと―――――――。
その王を五人の道士が神より賜った五つの神具を用いて生贄の体を媒体に九つの力に分散し封印したという。だが妖の王の力は絶大で、力を分散される際、大きな衝撃が走った。大地を引き裂くような地震。それによる津波。
物語の最後には巨大な大地が地震により割れ、津波により一夜にして栄えた国が一つ海に飲み込まれ沈んだと記されていた。
『王妖神記』
そう題の付けられたこの巻物の何が一体大切なのか?
巻物は峠の向こうにある神社に神妙に保管されていた。道場主はそれを佐助に奪わせたのだ。
そして殺された。
こんな巻物の為に――――――――。
佐助は巻物を握り締めた。
「この御伽噺がなんだって言うんだ?」
「それは御伽噺じゃないってばよ」
鳴門は鼻息荒くそう言うと、ちゃぶ台をバンと叩いた。
「何を馬鹿なことを」
こんなものは御伽噺以外にありえない。
国が沈んだなんて話は聞いたことがなかった。
しかし鳴門は目を吊り上げ叫んだ。
「馬鹿なことなんかじゃないってばよ!それは実話なんだってば。そして五つの神具は存在し、その一つを暁が持っている」
だから自分は追っている。
五つの神具を暁という組織に渡さない為に――――――――。
「渡すとどうなるんだ?」
「神具を揃えると巨大な力を得ると言われてるってばよ」
「何故、お前はそのこをと知ってる?どうして神具を集める」
鳴門の様子からして彼が欲の為に神具を集めているわけではないように見えた。
佐助が尋ねると鳴門は目を伏せ、唇を噛み締めた。
「その海に沈んだ国……全部が壊滅したわけじゃない」
「どういう事だ?」
「海の底に国を作った。俺たちしか知らない場所。信じらんねえかもしれねえけど、俺はその国の生き残り」
海の底?そんなことができるはずがない。
頭がおかしいのか?
佐助は眉間に皴を寄せた。
「信じられないってのは分かるってばよ。でも実際に陸の人が来たりしてちゃんと記録にも残ってるってばよ」
記録?佐助は首を傾けた。
海の底の国のことなど――――――――と考えて、ふとある物語を思い出す。
「浦島太郎?」
「ああ、それ。それだってばよ!乙姫ってのは俺のばあちゃん!」
「なっ」
明るい声でそう言う鳴門に佐助は本気なのかと疑いの眼差しを向けた。だが鳴門の真っ直ぐキラキラした瞳に頬を引きつらせる。
「本気か?」
「もちろん!」
「じゃあ、お前は乙姫の孫だから竜宮城の若様ってか?」
それが本当ならすごい話だが、とても信じられない。佐助は自分を落ち着かせようと手じかにあった水差しの水を器に注ぎ一気に飲み干した。
「まあ信じられないよね」
先ほどからずっと黙っていた彩がクスクスと笑いながら呟いた。
「でも本当なんだよ。海の底に特別な空間があってね。そこでは陸と変わらず呼吸できる。でもそれは神具おかげで、五つの神具の力の奇跡。おかげで僕らは海の底で死なずにすんだ。そして長い年月を掛け進化して空間の外でも陸の人間の三倍以上潜っていられる。だけどそれがある日、大切にしていた海の国の宝が奪われてしまった。奪ったのは一人の人間。元は善良だったのに、欲に染まってしまった人間が奪っていってしまった。それから僕らの国は深刻な状態に陥っている」
「そうなんだったってばよ。神具が陸に奪われたせいで、海の国は徐々に海に侵食されていって……このままじゃみんな上に上がるしかなくなる。だけどあの国は俺たちの国。どうしても守りたい」
だから取り返す為に陸に上がった。
そして自分たちと同じように神具を手に入れようとしている組織の事を知った。
「何故、それを俺に?」
鳴門の話はとても信じられるものではなかった。
だが、嘘だとも思えない。
その話が本当ならこの巻物に意味があり、暁の目的も分かる。奴らは神具を集め巨大な力を手に入れようとしているのだ。それが良いものだとはとても思えない。
何としても阻止しなければと思う。
しかし――――――――正直、鳴門の国を守ってやるという気にはならなかった。
そもそも海中で生きられない人間がそこにいることがおかしいのではないのか?
陸に上がって生きられるのならばそうすれば良いと思う。
「そうかも知れないけど、あそこは俺には大切な場所なんだってばよ」
「そうか」
だが鳴門が守りたいのならば止めはしない。
佐助は立ち上がる。
目標が同じだからこれからも会うことはあるだろうが、自分と彼とは目的が違う。
「じゃあな」
もちろん、話を聞いたからといって暁に繋がる巻物を渡すわけにもいかない。
佐助は巻物を懐にしまい襖に向かって歩き出す。
「えええ!待ってくれってばよ!」
そんな佐助の足に即座に鳴門がしがみ付いた。
「どうせなら一緒に行こう。な、佐助!」
「断る。俺は一人で良い。お前とは目的が違う」
「でもよ、目標は一緒じゃん。神具を探し当てたらもれなく暁もついてくるって」
確かに暁も神具を探している。彼らより先に神具を見つけることができればこちらが追わなくてもあっちから追ってくるだろう。
だが佐助の目的は暁ではない。李達ただ一人だ。
「李達だって追ってくるって。それに普通に向かっていったってダメだって。あの術見ただろ!」
鳴門の言葉に佐助は言葉を詰まらせた。まるで妖のような術を使う兄。あれは一体?
「暁は同じ『暁』って名前の宝珠を持ってる。そのせいで妖と契約できるようになったんだと思う」
暁の宝珠の力は『解放』。妖を解放し契約できる。
「俺も同じようなことできるから」
「同じようこと?」
佐助は眉間に皴を寄せた。確かに奪われるまで神具は鳴門の身近にあったものだ。既に何かしらの契約をしていても不思議ではないが……。
「どんなことが出来るんだ?」
佐助は出していた足を引いて鳴門に向き直った。
鳴門も立ち上がり佐助を真っ直ぐな瞳を受け止める。
「俺が別に妖と契約したわけじゃないけど……俺の血族が神具を授かって神と契約を結んだんだって。そのおかげで俺は風が使える」
「ほう、そりゃたいそうだな」
神官みたいなものか?そう思いつつ佐助は鳴門の話を聞いていた。
「俺の力は良く分からないけど。と、とにかく普通ではダメなんだ。まずは封印の宝珠の明王を見つけてないと……」
「それを見つけると俺も力を得られるのか?」
奴らに対抗する為の力を?
それならば宝探しも悪くない。
鳴門は佐助の言葉に顔を歪ませた。
「多分ね」
答えあぐねている鳴門に代わって彩が答える。
「宝珠の手がかりは?」
「一応ね」
佐助の言葉に彩はニコリと笑って答えた。
「なるほど」
ならば止むを得ない。
「佐助」
「馴れ合うのは好きじゃないが…」
佐助は諦めたように息を吐いた。
「え、じゃあ」
パッと明るくなる鳴門の表情にまるで犬のようだと思う。
「付き合ってやるよ」
少しの間だけ。それが自分の目的に繋がるのならば致し方ない。
「うん、うん。一緒の方が絶対効率良いってばよ」
鳴門は嬉しそうにそう言って何度も頷いた。
「だが、何故俺にそれを?」
自分は彼らと旅をして得になるだろう。
だが彼らは別に何の得にもならないと思う。
それなのに何故、自分にこんな話をしたのか?
一緒に宝探しの旅をしようと言うのか?
好意か?それとも裏があるのか?
鳴門の様子には裏がないように思えるが……。
「だって一緒の方が楽しいじゃん」
「いや、そうじゃなくて」
「それに佐助のこと気に入ったからさ」
「気に入った?」
その言葉に思い返してみるが……まだ出会ってほんの僅かだが、自分が鳴門に気に入られるようなことをした憶えは欠片もない。
佐助が眉間に皴を寄せると鳴門はサラリとした口調で言った。
「一目惚れっての」
「は?」
「だから一目惚れ。初めてあった瞬間にビビビッて来たんだってばよ!」
その言葉に佐助はため息を零した。相手はまだ陸に上がって間もない異国民。どうやらかなり言葉が弱いらしい。
自分も鳴門とすれ違った時、その立ち振る舞いや纏う気配から直感が走りかなりの使い手だと判断したが……。
それを一目惚れ?
これから旅をする上で、自分の役割が見えた気がした。
「そういうのは一目惚れとは言わねえんだよ」
「ええっ!絶対一目惚れだってばよ!」
そう言って譲らない鳴門の隣で彩が床に地図を広げマイペースに眺めている。
「次は摂津だっけ、摂津ね」
筆で摂津の国に記しをつける彩に佐助は目を細めた。
神の具は全部で五つ。
一つは暁が持っている。
残りはあと四つ。
「とりあえず改めて。俺、渦巻鳴門!よろしくだってばよ」
「俺は団扇佐助だ」
差し出された手を佐助は戸惑いながら握る。
旅は道連れ世は情け。
どこに出会いが待っているか分からない。
新たな旅が始まった。
− 終 −
四 ←
とりあえずこの話はここで終わりで(汗)この続きは「朱色シリーズ」を読んで頂けると幸いです。
イメージとしてはこの話はナルトとサスケの前世みたいな感じで。
雪の華と朱色シリーズの間みたいな感じになっちゃいました。
いや〜本当はもっと軽いノリだったのにな。
ちゃんと書くと恐ろしく長くなりそうなのでひとまず此処はENDでお願いします