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ズッコケ漫才道
01.
人生何があるか分からないとはよく言ったものだと思う。
サスケは目の前の紙を睨みつけながら思った。
心臓がありえないくらい激しく音を立てている。
(落ち着け、俺っ!)
そう自分に言い聞かせてみても、手の震えは収まってくれない。
だいたい何故、こんなことになったんだ!自問自答しつつ、サスケは目の前のブレた文字を目で追った。
しかし、一向に頭に入ってこない。
(だ、ダメだ…)
既に憶えている原稿なので、今更暗記などしなくても良いのだが……それでも何かしないといられないのだ。
(誰かこれは夢だと言ってくれ)
本当に夢だったらどれほど良いか。
「サ、サスケ。大丈夫だってばよ?」
心配そうに顔を覗き込む相方をサスケは涙目で睨みつけた。
昨日までは普通のサラリーマンだった。
いや、今だってそうだ。大手印刷所に勤める普通のサラリーマン。勤続は年数は二年とまだ浅いが能力は評価されている。
別に出版業界で出世するのが夢という訳ではないが……。
毎日仕事に追われ、残業が続いている。
そんなサスケにとって休日は貴重だ。洗濯をしたり、買い物に行ったりと
日頃おざなりになっている事を一気に済ませてしまえる。それが何故、自分は今こんなデパートの屋上なんかにいるのか……。
「サスケ、とりあえずこれでも飲んで」
サスケは差し出されたコップを受け取り、冷たい水を一気に飲み干した。
全てはこの目の前にいる男のせいだ。
渦巻ナルト。
何の因果が一緒に住んでいる。
引越し当日に不動産屋のミスでダブルブッキングが発覚するという漫画のような縁でルームシェアすることになったのだ。
一緒に暮らすようになり、彼の仕事が「芸人」であることを知った。芸人。しかも漫才師。
二人が暮らすマンションは都心まで電車で一本、その駅まで歩いて五分の好立地にある1LDK。若手漫才師が住むには不相応なマンションだ。しかしちゃんとした所に部屋を借りるというのが芸人を目指す際にナルトに親が出した条件で、どういった所がちゃんとした所かは謎だが、とにかく仲間の芸人が住んでいるような所はダメらしい。その為ナルトはバイトをいくつも掛け持ちして、人一倍働いていた。おそらく芸人としての収入よりもアルバイトの方が遥かに上だろう。サスケも定時に帰ることは殆どないが、それ以上にナルトは働いていて殆ど家にいない。しかし倒れる気配は全くなく、タフだと感心する。
ナルトとの同居生活は思いの他、上手くいっていた。
理由は二つある。
一つはお互い生活リズムが違うせいで、顔を合わせる時間が少ないからだろう。
時々、休みガ重なり一緒にいてナルトの突飛な行動や驚くほどのドジっぷりに苛立つこともあるが、明るいやつのペースに「まいいか」とほだされてしまう。ナルトとの共同生活に順応しつつある自分がいた。
ナルトは今まで自分の周りにいなかったタイプだ。
そのせいか目が離せない。
一緒に居て腹の立つこともあるが、何より面白い。
そのナルトが二週間程前、夕食が終わった後、突然土下座して言った。
「頼む、一生のお願い!」
床に頭を擦り付けてお願いするナルトにサスケは驚き食後のコーヒーをゴクンと飲み干した。
「何だ、一体?」
一緒に住み始めて二ヶ月になる。ナルトがサスケにお願いをするのは多々あるが、こんな風に仰々しく頼むことは初めてだった。
「それが…すげえ…頼みにくいんだけど……」
何でも相方が急に交通事故に合い右足を骨折したらしい。
しかし二週間後には自分たちにしては大きめのお笑いイベントに出演が決まっており、どうしても出たいのだという。
「ネタとかは俺が全部考えるから!今回だけで良いからさ……頼むってばよ!助けると思って今回だけ俺の相方になってくれってばよ!」
一瞬、サスケは何を言われたのか分からなかった。
頭を整理しようとカップに手を伸ばすが、動揺から掴む手が揺れ、机に茶色の雫が零れる。
今、ナルトは何て言った?
相方が交通事故にあったらしい。それは気の毒に。
(そういやこいつの相方って見たことねえな)
相方の話もあまり聞かない。
それはともかく……。
二週間後に自分たちにしては大きなお笑いイベントが控えてるって?
で、相方って……何だ?
「サ、サスケ?」
伺いみるようなナルトの視線にサスケは目を丸くした。そして部屋中響き渡るような声で叫ぶ。
「な。何〜!!」
「うおっ」
サスケの声にナルトは驚いたように尻餅をついた。
「冗談じゃねえ!断る」
「サスケっ」
「迷惑掛けんだったら出て行け!」
サスケはバンと机を叩いて立ち上がった。
同居の条件に「相方」になるというのは入っていない。
「それは違うってばよ。ここは俺んちでもあんだからな!」
そんなサスケに対抗するようにナルトも立ち上がった。
至近距離でお互い顔を見合い、唇を噛み締めた。
「絶対、嫌だ」
「俺の一生が掛かってるんだってばよ」
「そんなこと知るか!」
「サスケ……」
ナルトが大きな瞳で縋るようにサスケを見つめる。その顔をサスケはウッと言葉を飲み込んだ。
「てめえ、卑怯だぞ」
そんな小動物みたいな顔をしやがって……。
するとナルトはサスケの言葉に「何が?」と目をパチパチさせた。
「頼むってばよ」
ナルトが頭を下げる。
「俺、今回のイベントに賭けてるんだってばよ!」
だからどうしても出たい!その熱い気持ちはナルトの真剣な眼差しから伝わってくる。
だが、自分はあくまでただの同居人だ。
それもまだ一緒に暮らし始めて二ヶ月と日も浅い。
助けてやる義理はない。
当たり前だが自分の人生において「お笑い」を見ることはあってもすることは一生ないと思っていた。
それなのに……捨てられた仔犬のような眼差しで見つめられると何も言えなくなる。
この瞳に弱いのだ。
ナルトとの同居が上手くいっているもう一つの理由である。
「今回だけだからな」
小さな声でそう言うと、ナルトはとても嬉しそうな顔をした。
もうすぐステージに出る。
場所はデパートの屋上。観客は子供連れの家族がほとんどだろう。
それでもサスケには未知の世界だ。
(トマトだ。みんなトマトだと思うんだ)
サスケはカンニングペーパーを綺麗に折りたたみ、ポケットに突っ込みながら小さな声で「トマト、トマト」と呪文のように呟いた。
「それでは、次はこのコンビ――――!!」
観客の大きな声援が聞こえてくる。サスケはビクンと体を跳ね上がらせ顔を引きつらせた。そんなサスケの肩をナルトは優しく叩く。
カーテンを開けると日の光が二人を包み込んだ。
→ 02
2009.02〜03のペーパーより再録。
続きは2009.05〜06のペーパーに掲載予定です。
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