-DOLL-
※パラレル・ギャグです。ご注意下さい。
◆序章 〜魂の器〜
人形とは、ひとがた。
人の心の創り出す念を礎として形を成し、
魂となりて創り物の器へ宿らせたもの。
時として、それは意図的に創られ、
時にして、無意識の中で創られる。
恋情を織り込まれている物もあれば、
怨念を練り込まれている物もまた存在する。
けれど、ひとたび創り手の許を離れた人形は、
自らの意思に基づいて思うままに振舞うもの。
古き時代に於いて、生霊と呼ばれたそれである。
*** *** ***
◆第一話 〜我尋ねし君の名は〜
自室に戻ると机の上には大きな箱が鎮座していた。
角松は覚えのない代物に首を傾げつつも、
箱の上面から側面にかけて斜めに張ってある宛名らしきものを認め、
記された文字を辿ってみるとそこには確かに自分の名が綴られていた。
宛 角松洋介殿、と。
しかし、送り主の名はどこにも見当たらず、その筆跡にも覚えがない。
果たして素直に開けてよいものかと逡巡したのは、
ほんの数秒のことだった。
角松はガムテープではなく麻の紐で全体を縛り、
合せ目に和紙を張って封がされてある箱を開けるべく、
束になった麻紐に鋏を入れる。
送付されてきたものだということは、
艦の外から持ち込まれたものであるということだが、
考えてみれば、未来から来たこの艦に乗艦できる者は、
この艦の乗務員と乗艦を許された一部の海軍関係者数名のみだ。
ならば、特に連絡もなく角松に宛てられた荷物が、
無事にこの部屋にあるということは、
それはむしろ不審に思う要素はないということだろう。
べりべりと外側へ箱を破っていくと、不可解なものが顔を出す。
箱の中身は水槽だった。
しかも深さが半分より上のラインまで水が入っており、
箱を開ける際の僅かな振動でその水面はたぷたぷと揺れている。
そして、水面のほぼ中央には、
明らかに魚ではない白い塊がぷかぷかと浮いていた。
角松は郵送中に死骸と化した生物か何かだろうと思い、
片付ける前にどんなものか見ておこうと考え、
腕まくりをして水槽に片腕を突っ込むと、
その物体を水面から引き上げた。
そして、垂れ落ちる雫を机に撒き散らせないように注意しながら、
水槽の枠の上でまじまじと品定めをする。
「なんだ、人形か。」
この時代の子供のおもちゃか何かだろう。
軍の制服、それも海軍のものらしき出で立ちの人形は、
驚くほどに精巧なつくりで、
素人目にも職人の魂が込められていることが感じられる逸品だった。
階級章だけでなく軍刀などの小道具に至るまで精密な細工が施され、
顔立ちも武人のそれと似合わず柔和で美しいものであり、
目元を彩る長い睫毛まで本物のような印象を与えている。
ただ不思議なことに人形の目は伏せられたまま創られていた。
様々な方向から目を遣ってひとしきり堪能した角松は、
人形が水を吸ってずしりと重いこともあり、
とりあえず近くにあったタオルを引き寄せて、
その上にそっと人形をのせた。
人形の胸から腹にかけて手のひらを置き、ゆっくりと圧力をかけると、
下に敷いたタオルへと水分がじわじわ移行していく。
もう一枚タオルを出そうか角松が思案していると、
人形の口から細い柱が上がり、
噴水のように内部に溜まったと思われる水を吹き上げた。
その時、僅かに人形の顔に赤みがさしたような気がしたが、
まさかそんなことがある筈もないと苦笑していると、
次の瞬間、人形はぴくりと睫毛を揺らした。
「動いた?…まさかな。」
しかし、その呟きとは裏腹に人形はゆっくりと緩慢な動きで目を開く。
瞼の奥からは色素の薄さが特徴的な透明感のある美しい瞳が現れ、
ぎぎぎと嫌な音を立てて首を巡らせた人形は真っ直ぐに角松を見た。
『私は海軍少佐たっくん、助けて頂いて礼を言う。』
「人形が、しゃ…喋ったぁ!?」
『私を水から引き揚げ助けた貴方は、
薔薇の盟約により私の主人となった。』
「なるほど、こいつはからくり人形か何かの類いだな…。」
『貴方のためなら世界すらその姿を変えて御覧に入れよう。』
「しかし、よっく出来てるなぁ。海軍謹製かもしれんな。」
『…人の話を聞いているのか?』
「ん?」
朗々と何事かを話していたからくり人形が、
急に声のトーンを変えたので、不思議に思った角松が、
細かく動く口元から目元に視線を移すと、
人形は苛立たしそうに角松のほうを睨んでいた。
『人の話を聞いているのか、と、訊ねているのだ。』
「うわ、マジで喋ってるみてぇだ。」
『…お答え頂けぬなら、残念だが致し方ない。』
「これは子供向けの代物じゃねぇな。」
『貴方を呪うぞ。』
瞬間、びしりと部屋が響いた。
ラップ音の数十倍はありそうな激しい音と振動に、
さすがのマイペース男・角松洋介もひやりと背筋を凍らせた。
人形は横たわっていたタオルから身を起こし、
すうっと宙に浮いて角松を見下ろすと妙に据わった目で言葉を紡ぐ。
『人形とは、ひとがた。古来より呪術のために用いられて来たもの。
本来は貴方を守るべき力も主に受け入れられずに暴走すれば、
主をも傷付ける呪いの力と化す。』
「…わかった、俺が悪かった。それで何だって?
お前はどうしたいんだ?」
とにもかくにも、この人形は人格を認めてやらねば、
超常現象でもって暴走するのだと理解した角松は、
既に聞き逃してしまった人形の意向を再び聞こうと耳を傾けた。
『薔薇の盟約を。貴方を私の主と定めたい。』
「ファティマのお披露目みたいなコト言ってやがるな。
同じ人形でもサイズがまるで違うが。」
『…ふ…は……ひゃ…?』
「ファティマ。発音出来んなら無理すんな。」
『むむ…これでも駐英武官だったのだが。』
「さぞかし、お粗末な発音だったんだろうな。」
角松は苦笑を漏らしながら、
宙に浮く小さな躯の脇に手を差し込んで抱き上げ、
こじんまりと纏まった秀麗な顔を引き寄せて、
懐かしそうな声音で言う。
「お前は俺の知る男によく似ている。」
甘さを多分に含んだ声にあてられたのか、
素直に引き寄せられた人形の面にさっと朱が刷かれる。
恥ずかしそうに伏せられた目元と軽く噛み締めた唇が、
朱く染まるのを見て、角松は微笑んで問うた。
「名前は?」
『…たっくん。』
end.
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