目隠しの恋3
2
次第に空気が冷たくなるのを肌で感じながら、季節が移り変わっていくのを知る。
サスケがこの村に来ておよそ半年近くになろうとしていた。
最初に目覚めた時、立って歩くことさえ出来なかった。
今は――――杖を使えばなんとか家を出ることもできる。
朝、目覚めるとサスケは散歩に出かける。
始めは怖くて、一歩前に進むだけでもかなりの労力を要した。しかし、人間誰しも慣れるもので、慎重に前に一歩、
また一歩と進むごとに希望もわいて来る。
闇の中を歩くのは今でも怖い。
しかし、暖かな日差しや頬を擽る風が励ましてくれる。
不思議なもので、見えないからこそ分かることも多かった。
視覚を失っているせいで、他の感覚が鋭くなっていると感じることも多い。特に耳は良いと自分でも思えた。小鳥の囀り、
人の声、風の音。そのどれ一つとして同じものはない。音で距離を計ることも出来たし、声の微妙な違いで感情を察することも
できる。
どれもまだまだ完璧なものではないが、長く闇の広がる世界と付き合っていくために工夫は必要だ。
今の自分にはこの村を出て行くことも出来ない。
ならば、この村で出来ることをしようと思った。
前向きに考えることができた自分に少し驚く。けれど、後ろ向きに考えていたって仕方がないのだ。
ここには親切な人たちはいるが、無条件で自分を甘やかしてくれる肉親はいない。
怖いから、やりたくないからと駄々を捏ね、部屋に篭っていた所でどうしようもないのだ。
甘えてばかりで何もしようとしない相手にいかに親切な人でも、施しを与えたいと思うだろうか。自分が与える立場なら御免だ
と思う。
だからこそ考える。
自分がこの村へと来た理由については何も憶えてはいない。
しかし、何か目的があったはずなのだ。
伊庭もいのりも何も知らないと言っているが、それが真実だとも思ってはいない。
だが、詮索はするまいとサスケは思った。
理由を知った所で今の自分は無力で彼らの情に縋るしか生きる術はないのだから。
しかし、それが屈辱的なことだとは思わなかった。もしかしたら以前の自分は思ったかもしれない。けれど、今は彼らの情に報い
ることの方が先だと思う。自分のプライドなどどうでもいい。この差し伸べられた手を今度こそ裏切りたくない。
そう思った瞬間。サスケは苦々しく口元を歪めた。
今の発想ではまるっきり、以前に自分が誰かを裏切ったことがあり、それを繰り返さないと自分に言い聞かせているようだと思う。
裏切った?一体、誰を?
ふと、掌に優しい感触が蘇る。
それはサスケが唯一憶えているもの。
誰かの手のぬくもり。
夢なのか、現実なのか。それすらもはっきりしない。
相手の顔はもちろん、名前も分からない相手。
そういえば夢の中でこの手を握っていた誰かは泣いていた。
静かに……とても静かに……。
声一つ零さずに泣いていた。
相手のことは他に何一つ思い出せない。ただ胸が痛んだ。
毎日、朝に昼に、夕方にと時間をおいて何度も村を歩く。
昼を過ぎ、再び外に出たサスケは昨日の同じ時間に辿ったルートを頭に描きながら歩き出す。
何度も同じ道を歩く。
そうすることで感覚を叩き込むのだ。
飽きることなどない。
何度、歩いても違う発見がある。
神経常を常に研ぎ澄まし、前に足元に、周囲へと気を巡らせなければならない。
それは結構な重労働だった。
食事と休憩に家に戻るとドッと疲れが押し寄せてくる。
その度に思うのだ。本当に自分はずっとこんな生活をしていたのだろうか。
目が見えないということが、今の自分にはとても不便なように感じられる。
しかし、もし昔からずっと見えないのであればこんな風に思うだろうか?
歩くことが疲れるとか、闇が怖いなんて思うだろうか?
(馬鹿馬鹿しい)
だが、そんなことを考えてどうする。
自分には今、目の前にある現実が全てなのだ。
とにかく今は目の前の恐怖心に勝つ。誰の手も借りず、歩き生活できるようになることが先決だ。
いずれは何か仕事を手伝わせて貰おうと思っている。
ここで生きてく為に自分でできる仕事をするのだ。
だから、歩くことを今は辞めてはいけないと思う。
天気の悪い日は難しいが、晴れた日は同じ道を数回往復する。
するといろんな人が声を掛けてくれた。
おかげで声を頼りにいろいろなことを知ることができた。
鍛冶職人の村だということは聞いていたが、実際に歩いてみるとよりいっそう実感する。村の至る所から鋼を打つ音が聞こえて
くるのだ。
いのりの話では男は鍛冶を打ち、女は村の中央にあるたたら場で製鉄作業に勤しむ。それがこの村に住まうものの仕事だという。
もちろん合間に自活の為の農作業も行っているが、一日の大半を製造作業に費やしているらしい。
今の時期は砂鉄の採取が盛んだという話だった。鉄穴(かんな)ながしという方法で採取するのだが、まず砂鉄の含有量が多く、
切り崩せる程度に風化した軟質花崗岩などが露出していて、水洗いのための水利に恵まれた場所を選ぶ。そこに砂鉄採取場を設け、
山の上に貯水池から水を山際に沿って走らせてくる。山をツルハシで崩して出た土砂は流れに乗って下手のへ運ばれる。いくつかの
洗い池と呼ばれる貯め池を通り砂鉄成分を多く含んだ土砂から採取するのだ。採取は年若の者の仕事だった。当然、採取には水の事
故もあり、ベテランの鉄穴ながし職人がいる。彼の指示の元、下流で砂鉄をより分けるのだ。それをたたら場に運び、鉄にする。この
村ではこのたたら作業は主に女の仕事だった。出来上がった鉄は鍛冶職人により刃物など馴染みのあるものへと姿を変える。それらを
商品として外へ出すことで生計を立てているのだ。
もちろん実際に鉄穴ながしやたたら場の仕事を見たわけではない。話に聞いて知識として得ているだけだ。
実際がどういうものなの見てみたいと思うが、それが難しいことは分かってる。
鍛冶の村。
ハンマーが振り下ろされる音が鳴り響く。
中でもこの村の村長であり、随一の鍛冶職人である伊庭は名匠としてかなり有名らしかった。彼は気に入った者の依頼しか受けないと
いう。
そんな村でサスケのできることといえば本当に一歩、一歩、前に進むことしかなかった。
村人はみんな親切でサスケの姿を見れば声をかけてくれる。
大きな石があるから気をつけろとか、その先は崖になっているからまっすぐ進んではいけないとか。
サスケはそんな人々の言葉に耳を傾けながら歩く。
小さな村は歩くとすぐに行き当たる。家の数も限られており、初めて散歩に出た日にいのりが教えてくれたことを思い出す。
角を曲がると村で唯一の商店があるとか、畑にはとうもろこしが植えてあるとか。
もうすぐ収穫時期だ。
何か自分にも手伝えることがあるだろうか。そんなことを考えながら歩いた。