目隠しの恋4
「あ、サスケくん」
聞き覚えのある声にサスケはハッとして顔を上げる。顔を上げた所で相手の顔が分かるわけではなかったが、条件反射の
ようなものだった。
「いのりさん」
声が後ろから聞こえてくるのに気づき、後ろを振り返る。
聞こえてくるのは世話になっているいのりの声に間違いない。だが、ふとサスケはその隣に別の人物の気配を感じ、眉を寄
せた。その人物は並んで歩いているのだろう。いのりが一歩前に進み近づいてくるごとに、もう一人別の足音も聞こえてくる。
「誰か」
そこにいるのは誰なのか?尋ねようと体を声のした方角へ向けようとした瞬間、杖の先を石の上に置いてしまったようで、杖
が揺れ。グラリと体が傾いた。
「おっと」
バランスを崩したサスケの体を誰かが後ろから支える。危うく膝をつきかけたが、背後にいる人物がグッと両方の肩を掴んでく
れたおかげで転ばずにすんだ。
ホッと息をつく。
「大丈夫か?」
その声にサスケは頷いた。
「すまなかった」
素直に詫びると「良いって、良いって」と明るい声が軽快に響く。
「怪我がなくて何よりだってばよ」
背は自分より少し高いだろう。声の聞こえてくる位置からそう察する。声から相手が同性であることが分かった。しかし、驚きな
のはその速さである。
気のせいでなければいのりと一緒に歩いていたはずだ。感じた気配からもそこそこの距離があったように思う。それなのに石によ
ろめいたほんの一瞬、彼は自分の背後に回り体を支えてくれたのだ。
まるで瞬間移動をしたのかと思うほど速い。
「お前は一体?」
自分を支えるたくましい腕にサスケは呆然とし、疑問の言葉を口にしようとした。刹那。違う方向から別の声が聞こえてくる。
「サスケくん、大丈夫ですか?」
いのりの声にハッとした。
すぐさま沸いてきたのは羞恥心だ。男がよろけて男に支えて貰うなんてみっともない。いくら目が見えないとはいえ、杖を持ってい
るのに……顔が熱く火照ってくる。
「すまない」
慌てて詫びの言葉を口にすると顔を伏せ、男の腕から身を起こした。
「気にすんなってばよ」
すると男は人懐っこい声でそう言うと、トンとサスケの背を押してサポートしてくれる。そんな男の余裕のあるしぐさに思わず唇をか
み締めた。
何故だろう。妙に悔しい。
(あー、もう。くそ)
男にも自分自身にもだ。
大分、杖の使用にも慣れてきたと思ったらこれだ。惨めな気持ちになり、思わずため息が零れる。
サスケは片手で膝についた埃を払うような仕草をして、もう片方の手で杖を握り締めた。
「では」
小さく頭を下げて背を向ける。
男が何者かは知らないが話すことも特にない。……と、いうのは実際には言い訳だ。さっきから男の視線を感じていた。自分を真っ
直ぐに見つめる視線だ。悪意はないのだろうが、目が見えないということを負い目に感じているせいだろう。
男の視線が妙に痛い。
さっさと立ち去ろうと歩き出すといのりが慌てた声でサスケを呼び止めた。
「あ、ちょっと待って!サスケくん。私達も家に帰るところのなの」
一緒に行きましょうといのりに言われ、サスケは渋々足を止める。
仕方がない。家主の娘であるいのりの申し出を断る理由が何もないのだ。
すると何故かいのりがホッとしたように息をつき、サスケの横に並んだ。男は反対側に並んで歩き出す。
二人に挟まれるような形になり、サスケは思わず眉を寄せた。どうしていのりの横を行かないのだろうと男のいる方へ顔を向ける。
向けたところで男がどんな表情をしているか、いや、そもそもどんな顔をしているのかさえ分からないのだが……。
男はへへっと小さく声を出して笑うとサスケの速度にあわせる様に歩き出す。
何故だろう。
どうしてか男が嬉しそうなことにサスケが眉間の皺を深く刻んだ。
風が冷たくなり、日差しを感じなくなったので、夜が近いのだと思う。
こんな時間に来客など一体何者だろう思った。
声の感じからして男はかなり若い。
自分と同じか、年下か。
背は高いのだろう。少し上の方から声が聞こえてくる。
先ほど自分を支えた腕は太いというわけではないが、しっかりとしており、鍛えているのか筋肉がついて筋張っていて硬かったのを
思い出す。
一体、何者なのだろう。
いのりとも顔見知りのようで気さくに話している。
内容は他愛のないものだが……。
『木の葉』という言葉と時々耳にする。
どこかの町の名前だろうか?
聞き覚えがあるような……ないような……。
「ん、どうかしたってばよ?」
奇妙な顔をしていたのだろうか。男がそう言って肩にポンと手を置いた。思わず体がビクンと跳ね上がる。
「あ、いや……別に何も……」
「そう。なんか気にしてたみたいだからさ」
「そんなことは……」
ないと言おうとして、言葉を止めた。
男のことを尋ねる良い機会かもしれない。しかし、居候の身分で家主の客を詮索するような真似をするのもどうかと思う。
どうしたものかと思っていると、男が「ああ」何かを思い出したように声を上げた。
「そういや、俺ってばまだ自己紹介も何もしてねえもんな」
「あ…いや……」
「悪りぃ、悪りぃ」
男は愛想の良い声でそう言って、はははっと笑う。どうやら気分を害していないようでホッとする。
「彼はね……」
いのりがサスケに紹介しようとする声を遮って男が言った。
「俺はうずまきナルト。商人の息子だってばよ」
「商人?」
「そ、伊庭のじいちゃんには良くして貰ってんの。じいちゃんの作る刃物は最高だからさ!」
今日もお得意先からの受注を受けて伊庭に鍛冶の依頼に来たらしい。
商人ということば、サスケは妙な違和感を感じつつも、それならば若い男が山奥の村まで足を運んできた理由として納得がいくと
頷いた。
屋敷に着くと玄関で伊庭が待っていた。
ナルトは愛想良く伊庭に挨拶をする。
伊庭もナルトのことは良く知っているのか「良く来たな」と言って中へ通した。
「夕飯の時間、少し遅くなるけど」
連れ立って前を行く伊庭とナルトの後ろでマイペースに廊下を進むサスケにいのりがそっと耳元で「ごめんね」と侘びる。
「別に構いません」
食事の時間をとやかく言う資格など自分にはない。
「じゃあ、ナルトくんとの話が終わったら呼びにいくわね」
いのりはそう言うと台所の方へ向かっていく。客人に茶を出すためだろう。
自分はというと、二人の話に加わるわけにはいかないだろうし、特に手伝えることもない。
部屋に戻って、いのりが呼び来るのも待つだけだ。
フウッと息をつく。
廊下から部屋までの歩数を数えながら歩いていく。
一人で部屋に戻る。それができるようになっただけでも進歩と言えるのかもしれないが……家人に迷惑を掛けずに生活するのは
難しい。
ましてや役に立とうなどと考えるのはおこがましいことだ。
それでも一歩ずつ険しいながらも進んでいくしかない。
生きているのだから。