朱い珠

三.



「ちょっと、てめえっ、離せ!」
 空を覆う黒煙を見上げ、眉を顰めながら、佐助は鳴門を振りほどいた。
 先ほどの場所から数十メートル。火事現場に近いこの辺りは野次馬でごった返している。
 火の粉が空に舞う度、人々は歓声を上げた。
 鳴門も皆に混じって「おおっ」と声を漏らす。佐助はハアッと呆れたように大きく息をついた。
「全く、俺はお前に付き合っている暇なんかない」
 悠長に火事を眺めている余裕など自分にはないのだ。
 グイッと佐助は鳴門の胸倉を掴むと、顔を寄せ睨みつける。この国では珍しい青い瞳が大きく開かれた。
「お前は何を知っている」
 低い声でそう呟く。
「何がしたい?」
 馴れ馴れしい態度のこの男が理解できず佐助は顔を歪め、そう尋ねた。
 ここはかなり人が多い。いつもなら喧嘩が始まりそうな不穏な雰囲気にざわめきが起きるが、今は火事で感極まっている為、二人の姿を目に留める者はいないだろう。
 佐助は鋭い瞳を鳴門に向けた。
 そんな佐助の視線に鳴門は困ったように顔を歪めた。
「そう、ピリピリすんなってばよ」
 佐助の手首を掴んで鳴門が苦笑いを浮かべる。
「さっき言ったってばよ。俺も同じもん追ってるって」
「だからその理由を知りたい」
 相手もお尋ね者だ。『暁』の名を知っているのは当然かもしれない。だが直接『暁』を狙うその理由が知りたい。
 『暁』は残忍で、残虐なことで知られている武装集団だ。
 その『暁』を追う理由。
「身内でも殺されたか?」
 さしずめそんな所だろう、と佐助は嘲るように口の端を上げた。 
「それはお前だろ?」
 すると鳴門がため息まじりにそう呟く。
「て、てめえ……」
 何故、その事を?と佐助は眉を寄せ、唇を噛み締めた。
 確かに自分は親の敵を追っている。無残に殺害された父の仇を討ちたい。だが、それだけではなく、佐助は兄の目的が知りたかった。そして兄を含めた『暁』が一体何をやっているのかということを……。
 絶対に調べてみせると佐助は心の中で呟いた。
「悪りぃ、そんなこと言うつもりじゃなかったんだってばよ」
 別に相手の神経を逆なでするつもりはなかったのに、つい売り言葉に買い言葉で言ってしまった言葉にハッとして、鳴門は慌てて頭を下げた。
 やけに素直な鳴門の態度に佐助は拍子抜けし、呆けたように口を開く。
「いや…別に…」 
 変な奴だと佐助は思った。
 お尋ね者のクセにやけに馴れ馴れしく話しかけてくるし。
 本当に変な奴。
「でもさ、俺お前と話したかったんだってばよ」
「俺はお前と話すことなんかねえ!」
 鳴門が何故「暁」を追っているのか?その理由が気にならないわけではないが、今は構っている暇はない。
 約束の物を渡す方が先だ。
「じゃあな」
 佐助は鳴門に背を向けて歩き出した。
「ええ、さ、佐助!」
 驚いた声で鳴門が追ってくる。
「あんな、すっげえ火事なのに?」
「あのな。火事の野次馬がしたいんだったらお前一人ですれば良いだろ」
 だいたいお尋ね者が二人揃って人の多い場所に行ってどうする。火事の現場には岡っ引きもいる。面倒に巻き込まれるのは御免だ。
 鳴門に構わず佐助は早足で歩いて行く。
 その背を鳴門は追いながらボソリと呟いた。
「でもよ。あの方向ってお前の目的地に近くねえ?」
 まるで目的地を知っているような鳴門の口調に佐助はピクンと眉を上げた。しかし足は止めず鳴門を巻くことを考える。
 しかし、鳴門の口から出た言葉に思わず足を止めた。
「大黒橋んとこにある道場に行くんだろ?」
「何故、それを…」
 佐助は驚愕に目を見開き後ろを振り返った。
「お前は一体何を知っている?」
 ニコニコと
 ただお尋ね者として自分を知っているのではない。
 こいつは一体何なんだ?
 人の良さそうな顔をしているが、只者ではない。ジワリと佐助の背中を嫌な汗が流れた。
「あれ、やばくねえ?」
 確かに黒い煙は佐助の目的のある方向から流れてきている。
 安直な考えだが、説得力はある。
 佐助は自分が手にしている巻物のことを思った。
 当主と約束したこの巻物。「暁」がこの存在を知り、手に入れようとしたとしたら……。
「あ、おいっ、佐助!」
 胸騒ぎに佐助は走り出した。
 鳴門のことはどうでも良い。今は一刻も早く行かなければ。折角、預かってきた巻物もこの数日の労力も全て無駄になってしまう。
 遠ざかっていく佐助の後ろ姿に鳴門はチェッと舌を打った。
「折角、教えてやったのに…」
 せっかちだなと呟く。だけど佐助の向かった先は分かっている。
「でも気に入ったってばよ」
 あの黒く綺麗な瞳。真っ直ぐで鋭い。
鳴門はニッと口の端を上げた。
「いるんだろ?」
 どこへともなく声を掛けると風がザワザワと音を立てる。 
 木の葉が舞い、鳴門の目の前に影が舞い降りる。
「彩」
 黒い着物を着た青年は膝をつき、鳴門にうやうやしく頭を下げた。
「何か?」
 ずっと二人のやり取りを見ていたクセにわざとらしくそう尋ねる彩に鳴門は苦笑いを浮かべた。
「分かってんだろ?」
 鳴門が顎で示す内容に彩は「物好きだな」と呟いた。
「あんな芋虫野郎にするわけ?」
「お前、いい加減そう言い方やめろよ」
 彩は決して悪い奴ではないのだが言葉に問題があった。いい加減付き合いも長いので、彩の口調には随分慣れたが、それでも時々切れそうになる。
 だけど腕は立つ。
 ふーんと彩は鼻を鳴らして腰を上げた。
「暁が出てきたら…」
「分かってるよ」
 彩は小さく頷き、再び姿を消した。
 まるでその様は風のようだ。
 鳴門はピュッと唇を鳴らすと懐に手を差し入れ中から蝦蟇蛙を取り出した。
「さあって、俺達も追うぞ」
 鳴門の言葉に蝦蟇蛙がモゾモゾと動き出す。
「ほー、窮屈だった」
 蛙は鳴門の手の平の上でコキコキと肩を鳴らした。
「何言ってんだよ。良く寝てたクセに」
 人の胸の中でガアガアと寝息を立てておいて良く言う、と鳴門は肩を上げた。
「そう言うなよ。あの火事は暁のもんだ。気をつけろよ」
 蝦蟇の言葉に鳴門は鼻の下を指で擦る。
「おう!任せとけって」
 言われなくても分かっている。
 とりあえず彩に先に行かせた。自分もすぐに後を追う。
 暁にアレは渡せない。
 再び蝦蟇は鳴門の懐に潜り込む。
 鳴門は風呂敷を先端にぶら下げた棒を担ぎ直し、煙の方角へ足を向けた。



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