◆第三話 〜怨念は人形となりて〜

 急遽、菊池が海軍に留め置かれ、
 河本の案内で営倉に監禁されている草加と、
 運命的な再会することとなった夜、
 みらいでは再び超常現象が起こっていた。

 昨日起こった怪奇現象をすっかり忘れ、
 肩に乗る人形にも慣れきっていた角松が自室に戻ったのは、
 偶然にも昨日と同じ時刻であった。

 扉を開くとそこには小さな物体があくせくと動いていた。

 その物体は、たまにぴたりと動きを止めたと思えば、
 何事か考えるような素振りで小難しそうに唸り、
 しばらくしてまた何かを始めるといった具合に動き回っている。

 動くたびにひらひらと揺れる白い布が妙に目を惹いていた。

 「何だ、これ?」

 白いひらひらを身に付けた小さな物体は、
 角松の発した声に驚いてびくりとその身を揺らしたが、
 それは一瞬のことですぐに小走りに駆け寄って来ると、
 勢い良く角松の足に飛びついた。

 『お帰り! よーすけ。』

 「…た…ただいま。」

 『風呂にするか? それとも食事が先か?』

 「飯は食堂で食って来たし、風呂はこれからだが…、
  お前、俺の部屋で何をしている?」

 『今日からは俺達の部屋だろ? 
  新婚ホヤホヤなのに忘れるなんて、しょうがない奴だ。』

 「……お前、誰だ?」

 『まーくん、だ! 妻の名前ぐらいちゃんと覚えておけ、馬鹿者。』

 そう答えた小さいものは見るからに人形だった。

 秀でた額を有した小造りの顔には、
 切れ長の青みがかった色合いの美しい目と、
 すうっと通った形の良い鼻、
 そしてまるでグロスを塗ったかのように艶やかな唇が、
 黄金律の配置で収まっていた。

 しかも角松の足にしがみ付くその人形の出で立ちときたら、
 鈍色の繊細なフレームに縁取られた眼鏡をかけ、
 海自の幹部の着るものと良く似た深い紺色の制服を纏い、
 その上から何故か白いレースがたっぷりと縫い付けられた、
 エプロンを身に着けている。

 エプロンさえ除けば、その姿は今この艦に不在の誰かさんを、
 あまりにもリアルに髣髴とさせる容姿を有していた。

 『そこの者、角松氏から離れろ。』

 角松が絶句している間にそう言葉を挟んで来たのは、
 昨夜から角松の右肩を己の居場所と定めた白い軍服の人形だった。

 秀麗な顔立ちに似合わない悋気に満ちた瞳が、
 暗い炎を揺らめかせて真下に見える華やかな顔立ちの人形を、
 じっと見据えていた。

 しかし、見降ろされた人形のほうも負けてはいない。

 角松の肩にしがみ付いている人形に向って、
 憐れむような物言いで声を掛ける。

 『離れるのは貴様のほうだ。
  俺が嫁に来たからには貴様はもう用済みだ。』

 『なんだと?』

 『俺は婚姻という盟約を結んで、よーすけを主とした。
  だから俺は貴様と違って、
  ウチの主人ったら腕っ節もなかなかのものだけど、
  アッチのほうも結構スゴイのよ〜、とか言えてしまえるわけだ。』

 「…そんな会話する主婦、見たことねぇよ。」

 『くうっ! それは羨ましいっ!!』

 「…羨ましいのかよ。」

 『そういうワケだから、貴様は誰か別の依り坐を見付けるんだな。』

 『残念だが、諾とは言えん申し出だ。
  角松氏とは私のほうが先に薔薇の盟約を交わしたのだ。
  彼は私の大切な媒介…渡すわけにはいかない。』

 『薔薇の盟約…では貴様は、あのローゼンメイデンか!?』

 『そうだ。私はたっくん、ローゼンメイデンの第五十五ドール。
  お解り頂けたなら貴官には消えて貰おう。』

 『そうはいかん。俺にもクローム・バランシェ、
  四十六番目の作品としてのプライドがある。』

 「…どっかで聞いた名前だな。」

 『なんと! 五つ星銀河の頂点に立つ伝説の人形師の作であったか!
  なるほど、相手に不足はない。』

 『星団法に則った決闘を貴様に申し込む!』

 『ふふ…望むところだ。いざ、尋常に勝負!!』

 「ああ、もう! ちょっと待て、お前ら!!」

 『『何だ?』』

 ちょくちょく突っ込みを入れていた角松が、
 とうとう我慢しきれずに二人…いや、二体を止めに入った。

 二体の人形も、さすがに他ならぬ大切な主人の発した怒声に、
 ヒートアップしたいがみ合いをしぶしぶながらも中断する。

 「決闘なんざ俺が許さん。
  いいか、お前達、艦の中での面倒は絶対に御免だからな。」

 『しかし、よーすけ。それでは勝負がつかん。』

 『そうだ。この勝負、決着がつかないことには、
  我々の人形としての誇りに傷がつく。』

 「そんなこと、俺が知るか。もしもまだ喧嘩するって言うんなら、
  両方とも今すぐ海へ捨てるぞ。」

 『うっ!…それは困る。』

 『水だけは勘弁して頂きたい。』

 「なら、言うこと聞け。
  仲良くするなら、両方まとめて面倒見てやるから。」

 『…仕方ない、主人の命令は絶対だ。』

 『主の命に逆らうは人形の恥、聞き入れましょう。』

 「よーし、じゃあ、風呂に行くから用意しろ!」

 『『いや、だから人形に水は駄目なんだって…!』』

 この後、角松が風呂に行っている間、
 水が苦手な二体は尾栗に預けられた。

 尾栗はたった一日で増幅してしまっている人形に、
 多少の不安を感じたものの、
 ここには居ない誰かさんそっくりの新しい人形を目にした途端、
 角松の足にすがって、
 一個くれ〜!雅行みたいなこの人形くれよ〜!と、
 涙ながらに叫んでいたが、
 お目当ての人形から股間に容赦ない蹴りを食らわされて、
 呻きながら倒れ、その場にうずくまった。

 しかし程なく復活した尾栗は、
 二体の人形のために紅茶を淹れたり菓子を調達して来たりと、
 いつの間にか甲斐甲斐しく世話を焼いていて、
 傍目から見ても明らかにだらしなく緩みきった顔を晒しつつ、
 嬉々として細かく命じられる仕事に従事していた…らしい。

 end.

   
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